|
概要
|
【百戦百勝の名将】 武光は13代武重の弟で、14代武士が合志幸隆に奪われた菊之城を奪還して15代惣領となった。大方元恢和尚を招いて熊耳山正観寺を建立し菊池五山を定めるなど内政を固める一方で、征西将軍として赴任した後醍醐天皇の皇子懐良親王を菊池に迎え、親王が開いた隈府征西府を支えて南朝方の版図拡大に尽力した。その生涯は戦いに明け暮れ、百戦百勝の名将と称えられる。 武光が関わったなかで最も有名な戦いは大原の戦い(大保原の戦い・筑後川の戦い)で、関ヶ原、川中島と並び日本3大合戦に数えられる。 もとは樟の巨木が墓神木とされ、別の墓標があったようであるが、渋江紫陽、松石父子や隈府の豪商である宗伝次らの尽力により、湊川神社にある楠正成の墓を模して安永8年(1779)に現在の墓が建てられた。武重、武朝の墓にも見られる亀趺(きふ・亀の形をきざんだ碑の台石)が特徴的である。
|