|
解題・説明
|
私は明日神戸を立って鳥取縣へまいり、来月の
中旬頃 東京へ帰る考へです
拝啓。美晴子縁談につき 吉祥寺へ
の御手紙、旅行先の神戸へ廻送に相
成 只今拝見致しました。
又、緑川一郎氏よりの手紙も同時に▢
▢致しました。緑川氏へは、あなたと雅
夫と当人へ話してくれと返事を出し
ました。
ついては、小生の考へを、あなたに申し上げま
すれば、家柄の違ふのは世人の知る通り
です。又、財政の悪いのも世評の通りと思は
れます。
しかし、女は二十五才を過ぎれば 初婚は
困難です。美晴子はかしこいが、少し、わがま
まに育ってゐるから、相当のところへ行っては
姑や小姑につとまらぬと思ひます。
それから、遠方では物入りも多く、又、あなた
も淋しくなるでせう。いつでもちょいちょい磯原へ
来たり、いったり来たり出来るには遠いよ
りも近い方がよいと思ひます。
しかし、この縁談については私は立ち入って
意見を主張する権利はないから、あなたと
雅夫と当人の意見なり考へなりに私は随(したが)
へます。
たとひ、この縁談がきまっても、金を貸したり、
保証人になったり、することは、おことはり下さる
ことを御注意願ひます。
わが子よりも、わが家が大切ですから、雅夫にも
この事をくれぐれもお話おき下さい。義理の
ために保証人になってつぶれたたとひは世の
中に澤山あります。
又、東京にも話があるとの御手紙ですが、どこの人か
身元が判りませんか、美晴子は東京で暮し
たい希望▢うですが、東京よりも田舎の方は将
来のためよいと思ひます。水戸とか平辺りならば
東京も同じですが、心当たりはありませんか。
私もあと五年間だけは働き盛りの年齢です
から。五年間うんと働いて金をためる考へです。
こんど吉祥寺へ三千五百円の宅地を買ひまし
たから、停車場の近くで場所もよいから、ゆくゆくは
ここへ三四間の商店の貸家を建てて見る考へで
す。
かね子も、来月は山梨縣生れの目下中央郵便局へ勤
めてゐる(月給は六十円)のところへ嫁にやることに致し
ました。
先は御返事まで 御一統様方の御健康をお祈
り致します。敬具
旅行先神戸市にて
四月十七日 野口生
廣子様
|