シンシュウゾウの化石発掘

シンシュウゾウの化石発掘

戸隠川下のシンシュウゾウ化石(長野県天然記念物)

 この化石を発見したのは長野市戸隠川下の塚田良雄氏です。氏の記憶によれば1950年頃、小学校5年生の時のことだったそうです。小学校への通学路の途中の崖で、地層の中に変なものを見つけました。その時すでに「何かの動物の骨の化石ではないか?」と彼は気づいていたそうです。時々、裾花川沿いの地層からホタテガイの化石などを拾っていたので、クジラかなにかの骨だと考えました。大人になったらいつか自分の手で化石を掘り出そうと思った少年は、このことを自分一人の秘密として誰にも伝えませんでした。
 それから30年以上が経った1983年11月6日、バスで偶然隣り合わせに座ったのが塚田良雄氏と中川政幸氏(戸隠村郷土資料館職員)でした。その際、塚田氏から子どものころに見つけた化石の話が出たのです。中川氏は現地でその化石がゾウの化石であることを確認し、戸隠村教育委員会による発掘調査へとつながります。最初は、ハンマーとタガネを使った手作業だったので、なかなか発掘は進みませんでした。さらに掘り進める中で、左右の顎がそろった貴重な化石であることも確認されたのです。化石を壊してしまう可能性もあるので、石膏で周囲を固めて保護し、機械を使って岩ごと掘り出すことになりました。こうして12月4日、無事に化石を発掘できたことを祝う式典「タガネ納めの会」を現場で行って、戸隠村郷土資料館に化石を搬入しました。その後、化石の周囲にある砂礫を取り除くクリーニング作業が約1年かけ慎重に行われ、その結果左右2本ずつ計4本の臼歯(奥歯)がそろった貴重な下顎骨化石であることが確認され、研究も始まりました。そして絶滅したゾウの仲間ステコドン科の一種シンシュウゾウであることが明らかとなったのです。このゾウ化石は、1994年に「戸隠川下のシンシュウゾウ化石」として長野県天然記念物に指定され、発掘現場には記念碑と実物大のレリーフが設置されています。

シンシュウゾウとは

 ゾウは、鼻が長く、大きな体や耳、長い牙をもつ陸上最大の草食動物で、群れをつくり暮らします。かつては、マンモスやナウマンゾウなど多くの種類のゾウがオーストラリア大陸と南極大陸を除く世界中に生息していました。しかし、環境の変化やヒトの狩猟の影響で、種類や数が減っています。現在ではアジアゾウ・アフリカゾウ・マルミミゾウの3種類となり、絶滅が心配されています。
 陸上最大の動物として知られるゾウですが、約6000万年前の祖先はネコぐらいの大きさ の動物でした。しかし、身を守るために体が大型化し、それに合わせて鼻も長くなるという進化を歩みました。そして体の大型化に合わせ、植物をかみ砕きすりつぶす臼歯(奥歯)も大型化・複雑化します。化石では、その臼歯の特徴、化石の地質年代・産地、歯の進化の段階に応じて多くの種類のゾウを分類します。これらは化石の地質年代や産地、歯の進化の段階 に応じて大きく3つの仲間(マストドン類 ステコドン類 ゾウ類)にまとめられています。
 シンシュウゾウは、ステゴドン属というグループに分類されています。ステゴドンという名前は、ギリシア語で「屋根」を意味する“ステゴス”と、「歯」を意味する“オドント”に由来します。シンシュウゾウの臼歯を横から見てみると、三角形の“屋根”を並べたような形をしています。
 1970年、長野市中条地区の市ノ瀬裏の沢で、信州大学の学生がゾウの歯や頭骨の化石を発見しました。この化石がもとになり、1979年に“シンシュウゾウ”が命名されます。その後、戸隠や鬼無里でもゾウの下顎骨化石が発見されました。そうしたこともあって日本のステゴドン属の研究が進展し、各地で見つかっていた約500万年から300万年前のステゴドン属は、シンシュウゾウの仲間とされたのです。1955年に、戸隠で発見されていたゾウの上腕骨化石も同じ時代の地層から発見されているのでシンシュウゾウのものだと考えられるようになりました。
 その後、1882年に三重県で発見さていた“ミエゾウ”というゾウと、シンシュウゾウが同じ種類のゾウであるということが指摘され、先に名前がついていた「ミエゾウ」という名前が認められ、“正式”にはシンシュウゾウという名前は使われなくなりました。
 日本で発見されるステゴドン属は、日本列島が大陸とつながっていた約500万年前に、現在の中国方面から渡って来たと考えられています。中国では切歯(牙)の長さが3m、肩までの高さが4mにもなる「ツダンスキーゾウ」という巨大なゾウの化石が見つかっています。このゾウの臼歯の特徴は、ミエゾウ(シンシュウゾウ)の臼歯の特徴とよく似ているため、長野市から見つかっているゾウたちも同じくらい大きなゾウであったと推定されます。ゾウが歩き回る当時の長野にはどんな風景が広がっていたのでしょうか、想像してみるのも興味深いですね。

長野市中条で発見された、ミエゾウ(シンシュウゾウ)の
頭蓋骨復元レプリカ

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