よろいかぶとの林

 松代藩は、長野県北部10万石を領地とし、長野市の多くも含まれました。初代藩主・真田信之以降、歴代の藩主は真田家がつとめました。
 ここでは、真田宝物館所蔵の松代藩歴代藩主等が使用した甲冑を紹介します。
「後ろはどうなっているの?」
「もっと近くで細かいつくりを見てみたい!」
 そんなご要望にお応えする、高精細画像で様々な角度から拡大して見ることのできるコンテンツ。
 当時の職人の技が凝縮された甲冑の美を、心行くまでお楽しみください。

昇梯子の具足

昇梯子のぼりばしご具足ぐそく

真田昌幸所用。兜の前立ては天衝といって意気を示し、胴にある梯子の印は長久を表している。

萌黄絲毛引威二枚胴具足

萌黄絲毛引威二枚胴具足もえぎいとけびきおどしにまいどうぐそく

初代藩主・真田信之所用と伝える。兜は中国の冠を模した唐冠。

黒絲毛引威二枚胴具足

黒絲毛引威二枚胴具足くろいとけびきおどしにまいどうぐそく

2代藩主・真田信政所用と伝えられる。兜は銀漆塗りで唐冠形をしている。

紺絲毛引威二枚胴具足

紺絲毛引威二枚胴具足こんいとけびきおどしにまいどうぐそく

3代藩主・真田幸道所用と伝えられる。前立は柊をかたどったものである。

藍韋素懸威五枚胴具足

藍韋素懸威五枚胴具足あいなめしすがけおどしごまいどうぐそく

4代藩主・真田信弘所用と伝えられる。胴をまるく囲み右脇で重ね合わせる軽武装用のもの。

紫絲毛引威二枚胴具足

紫絲毛引威二枚胴具足むらさきいとけびきおどしにまいどうぐそく

5代藩主・真田信安所用と伝えられる。

黒漆塗啄木絲素懸威二枚胴具足

黒漆塗啄木絲素懸威くろうるしぬりたくぼくいとすがけおどし二枚胴具足にまいどうぐそく

7代藩主・真田幸専所用と伝えられる。啄木威の具足と呼ばれている。白・萌黄・紫などの糸をまだらに組んだ威の様子が、啄木鳥のついばんだ木肌に似ていることからその名がある。

緋絲威大鎧小具足付

緋絲威大鎧ひいとおどしおおよろい 小具足付しょうぐそくつき

8代藩主・真田幸貫所用。緋色の縅が用いられている。

色々威畳具足

色々威畳具足いろいろおどしたたみぐそく

8代藩主・真田幸貫所用と伝えられる。畳具足と俗称される。

魚鱗胴畳具足

魚鱗胴畳具足ぎょりんどうたたみぐそく

8代藩主・真田幸貫夫人所用。真田幸貫夫人は、7代藩主・真田幸専の養女である。この甲冑は、婚礼調度品の一部と思われる。兜には日輪の前立がつく。畳具足と俗称されている。

紺絲素懸威二枚胴具足

紺絲素懸威二枚胴具足こんいとすがけおどしにまいどうぐそく

9代藩主・真田幸教所用と伝えられる。前立てには円鏡がついている。

紺絲素懸威五枚胴具足

紺絲素懸威五枚胴具足こんいとすがけおどしごまいどうぐそく

9代藩主・真田幸教夫人所用で畳具足と俗称される。おそらくは婚礼調度品の一部であろう。松平頼恕の娘で、具足を納める櫃には葵紋がある。

紺絲威二枚胴具足

紺絲威二枚胴具足こんいとおどしにまいどうぐそく

真田信親所用。信親は信之・信繁(幸村)の弟である昌親の3男。2千石を領し別家となる。子の信弘は松代藩4代藩主。

紺絲素懸威具足

紺絲素懸威具足こんいとすがけおどしぐそく

真田幸良所用。幸良は8代藩主・幸貫の子。若くして亡くなり、藩主に就くことはなかったが、幸貫が老中職の際には江戸城雁間に詰めたりもした。

色々威胴丸具足

色々威胴丸具足いろいろおどしどうまるぐそく

初代藩主・真田信之所用と伝えられる。8代藩主・真田幸貫が真田家の氏神を祀る、松代西条の白鳥神社へ寄進したといわれる。

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