村人の祈り

 かつての村人は、いつも多くの神さまに囲まれて生活を送っていました。  家には神様を祀る神棚のほか、台所には火を司る荒神様、便所には便所の神様、家の外には先祖を祀る祠(ほこら)がありました。
 村の中心には村を守る氏神様がいて、村境には悪霊を防ぐ道祖神、道端には馬の守り神の馬頭観音などが祀られていました。
 これらの神々には村人の日常生活を守り、日照りや伝染病といった不意の災害を防ぐ力があると考えられていました。

桐原の藁駒

桐原牧神社の藁馬。桐原の牧は奈良時代からたくさんの良馬を産出する所として知られてきた。桐原牧神社はこの牧の最盛期(8世紀)に奉られた。そのため、桐原牧神社では藁馬が良馬産出祈願のためにつくられ、供えられてきた。今では3月8日の春祭りに、参拝者に籤引きで配られる。

妻科庚申講人別帳及び用具一式

長野市妻科の庚申道具。青面金剛の掛軸、庚申人別帳、集まりのときの膳椀、同じく集まりの時に当番が仲間からお米を集めるのに用いた5合枡などからなる。帳面は寛永6年(1629)から昭和28年(1953)までの講宿の順番が記されている。本来庚申の日は60日ごとのため、開かれるのは年6回程度だが、これを見ると庚申の日に限らず、毎月開かれていたことがわかる。

もちつき用の杵のモノツクリ(雛形、模したものをつくること)。長野市芋井入山上ノ平の鈴木家で小正月(1月15日)の頃につくられた。大小ある内の、小さいもの。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 52]

臼のモノツクリ(模したもの、雛形)。長野市芋井入山上ノ平の鈴木家で小正月(1月15日)頃につくられた。小さいもちつき用の杵(1996A00020)にあわせた大きさでつくられている。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 53]

ケーノハシ

1月15日に小豆粥を食べるのに使った箸。長野市芋井入山上ノ平の鈴木家で、ヌルデの木を使い、家族の人数分つくった。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 119]

ドウロクジン

長野市若穂保科持者で作られる男女の道祖神の人形。1月14日に、ヌルデの木を男根の大きさにみたてて切り、和紙の着物を着せる。豊作に感謝する意味合いで、一升枡に米と共に入れ、夕食と翌日の朝食を供える。15日の昼食に道祖神碑の前に供え、夕方にはドンド焼きで3年前の人形を燃やす。かつては各家で人形を作っていたとされるが、平成5年(1993)に作っていたのは、1軒のみだった。

ツクリモノ(農具の模型)

1年間の農作業の無事を願ってつくった農具の雛形。仕事始めの1月2日頃にヌルデの木を伐りにいき、作っていた。右から、鋤・鍬・馬鍬・熊手・鎌・杵。神棚のそばに結び付けて飾り、15日のドンド焼きで燃やした。長野市芋井広瀬の家でつくられていた。同地区では、平成5年(1993)にはこのような農具の模型をつくる家はなくなっていたが、農機具を絵にかいて飾った家が一軒あった。

福俵

米俵に見立てたもの。小正月につくり、側面には家でつくっている農作物の名を書く。恵比寿に2点、七福神に3点供える。飯田市南信濃八重河内此田の家でつくられたもの。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 65]

十三月

小正月に鬼を追い払うためにつくり、飾るもの。「十三月」と書かれたものは通常の年用であり、胡桃の木でつくられる。明治5年(1872)まで、閏年は一年が13ヶ月、通常の年は一年が12ヶ月だった。そのため、通常の年の12月に「十三月」と書いて飾っておくと、家に入ろうとした鬼が混乱し、カヤの葉で目を突いて逃げていくと伝えられている。これは、小谷村清水山の家でつくったもの。

小豆粥用箸

1月18日の朝に小豆粥を食べるときに使う箸。家族の人数分つくる。小谷村清水山の家でつくられたもので、胡桃の木が使われている。削り掛けの部分は作物の豊作をあらわしている。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 124]

丸山家のツクリモノ(花)

菊などの花に見立てた小正月のモノツクリ(雛形、模したものをつくること)。ムラサキシキブやキブシの木を削ってつくるが、これはキブシでつくったもの。門松やダンゴの木に飾る。これを竹に挿したものは墓に供える。上松町小川野口の丸山家でつくられた。 [長野県有形民俗文化財(第278号)小正月資料コレクション 89]

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