那須町は栃木県の最北端に位置し、北西部には茶臼岳がそびえ、噴煙を上げ続けています。その南斜面には、約1400年の歴史を持つ温泉があり、「那須温泉郷」として観光の名所となっています。
また、南東部の伊王野・芦野地区には源義経に始まり、俳人松尾芭蕉に至るまで多くの史跡が残っています。
本アーカイブでは、那須町の歴史や文化を次世代へと伝えていくため、郷土資料の一部をデジタル化して公開します。

絵葉書の始まりは、明治33年、私製葉書の認可によるといわれています。風光明媚な観光地・那須の風景をかたどった絵葉書は、旅の記念に、また土産物として親しまれてきました。那須温泉神社、喰初寺、殺生石など那須歴史探訪館所蔵の古絵葉書を那須町の見どころを中心に分類して公開します。
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那須歴史探訪館所蔵の江戸時代から明治時代の古絵図(寄居西組荻久保村内安全図、芦野根古屋地図、下野国那須郡芦野宿字控全図)をデジタル化しました。当時の道や土地利用を知るうえで大変貴重な古絵図を高精細画像で見ることができます。目録には古絵図の大きさ、制作された時代などの解説を載せています。
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伊藤晴康監修『那須地域の年表(那須町を知るシリーズ)』をデジタル化しました。那須氏の興隆と那須藩の成立、甲子温泉の発見、那須疎水による開発など、歴史の大きな出来事が記されています。キーワードの検索もできます。
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那須町で生まれ、育つ。芸術家。那須町の自然や動物、子どもを題材にした作品が多く、木工や益子焼、布絵など多岐にわたります。
プロフィール:五十嵐豊(1928-1982)は、那須温泉郷の1つ八幡温泉五十嵐旅館の次男坊として誕生。旧制宇都宮中学を卒業後、1947年(昭和22)東京美術学校(東京美術学校最後の卒業生)に入学。在学中は高田正二郎などに師事し、1952年(昭和27)に卒業した。1954年から栃木県佐野繊維工業試験場(現県南技術センター)で図案技師として繊維・染色のデザインを担当した。1957年(昭和32)に開催された第5回世界観光ポスターコンクールでは、日本代表作品として「那須高原」が、栗谷川健一の「阿寒湖」とともに出品されている。1958年(昭和33)に帰郷すると「やはた工房」を設立し、那須温泉の民芸品や工芸品の開発・制作を行う。一部は海外にも輸出された。また、栃木県北部の商店・行政の包装紙や観光マップなどを手掛けるなどデザイナーとしても活躍しており、松川屋高原ホテルの紙袋デザイン、明治屋(黒磯駅前)が販売する「那須野ボッカ」のパッケージデザインは彼によるものである。栃木県北部を代表する芸術家である。