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第一編 人物誌
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第二章 全盛期(足利時代より豐臣時代迄)
(五三)日統
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【
日統
の門弟】
日統
は始め
龍雲院
、後
佛眼院
と號した。堺に生れ、年少出家、
妙國寺
の
日珖
に師事し、永祿九年
頂源寺
に於て、
日珖
及び日航と與に日蓮述作の書を校合し、【
五帖抄
】五帖の抄を撰定した。【
妙國寺
第二世】天正七年七月
妙國寺
第二世となり、宗内の重鎭となつた。慶長四年洛東大佛殿供養について、妙覺寺日奧不受用の義を立つるあり、諸聖の招きにより行いて論難の衝に當つた。在山二十五年、其間中山の第十四世に陞り、伊勢の津に佛眼寺を創建して、其開祖となつた。慶長八年正月十六日示寂した。(佛心歷代師承傳)