一光庵は佛放山又は護臺山と號し、【位置】市之町西四丁字戎嶋にあり、もと淨土宗堺北十萬の末寺であつたが、享保十二年總本山粟生光明寺の直末に歸した。寺格香衣地。【沿革】元龜二年大空白寬開創、(一光菴調査書)もと梅香町にあつたが、享保十三年五月公許を得て、戎嶋西穀物町海部屋新右衞門の所有地に移轉した。(北十萬末寺一光菴記錄)再興開山は明空俊道了澤、【本尊】本尊は淨慶作曼陀羅佛阿彌陀如來である。(一光菴調査書)【堂宇】本堂、庫裏、客室、座敷、納家、門の外に地藏堂あり、境内は百五十三坪を占めてゐる。(社寺明細帳)【墓碑】墓地に忠僕眞枝儀一郞の墓碑がある。【什寶】又什寶として中將法女毛縫三尊種字曼陀羅一幅を有してゐる。