教蓮寺は龍德山又は龍松山と號し、【位置】新在家町西二丁字雪踏屋町にあり、眞宗大谷派本願寺末、寺格餘間。【沿革】文明年中赤松教祐の二男圓教(明應四年三月二日示寂)本願寺蓮如に從ひ、堺、下石津、佐野、河内の北新堂、攝津有馬郡名鹽村の五箇所に堂宇を創建し、皆寺號を同じうした。故に古來五教蓮寺と號した。始め興正寺に屬したが、第四世教乘教如に歸依し、遂に大谷派の所屬となつた。【堂宇】寶曆六年三月本堂を、(教蓮寺緣起)文化三年四月庫裏を再建した。【什寶】什寶に聖德太子畫像、三國高僧影像、親鸞上人影像、一如上人影像等各一幅がある。