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◇N二九五遺跡(西区手稲前田三三五番地)

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 手稲遺跡から新川を渡った手稲寄りの標高約六メートルの紅葉山砂丘上に存在する。縄文時代中期、後期、続縄文時代の複合遺跡である。
 竪穴住居跡、墓跡多数が発見されているが、後期と断定可能な遺構は存在しない。ただ墓と考えられる土壙のうち九個は、土器の出土状態から後期初頭と考えることも可能である。
 出土遺物は、初頭に編年される曲線の沈線文を持つ土器多数と、手稲式土器少数が出土している。