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娼妓の実態

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 それにつけても、日露戦争後の娼妓数の急増ぶりには目をおおうものがある。娼妓になること、すなわち苦界に身を沈めることは、当時の「家制度」のもと一家が窮乏に陥った場合、もっともてっとり早い方法であり、親が自分の娘を売ることも辞さなかったし、娘はそれに抗うこともできなかったのである。公娼制度とは、日本が貧困がゆえに家族のため、家のため一〇〇円ないしは二〇〇円の前借金で女性の性を公然と売ることを国家が認めた制度である。年季は大体三年から五年と決めて稼業した。売れっ子娼妓は玉代で返済も順調であったが、客の付かない者は大変であった。玉代は前借金の返済にはなるが、それも微々たるもので、借金の利子返済にそのほとんどが消えた。衣装代、化粧代のほかちょっとした日常の生活費は、すべて娼妓の方で賄わねばならなかったので、借金の返済どころかますます借金が増えていくのが常であった。そして楼主は返済が困難とみるや、他の妓楼に「鞍替え」させることは日常茶飯事であった。
 娼妓稼業は夜の七時頃から始まり、午前二時頃終わった。朝起きてから掃除や私用を済ませ、午後になると昼寝、入浴、着付けなどして、廓外へは出られないようになっていた。このことから彼女たちは「籠の鳥」と呼ばれ、一層哀れを誘った。稼業は健康な体であってもきびしく、定期的に行われる検梅を受け、「有毒」者は治療院へ入院しなければならず、負債の早期返済のためには健康体で稼業をこなさなければならなかった。薄野遊廓でも、大正二年(一九一三)から「健康娼妓」制度を設け、健康体で楼主に忠実に稼業に専念した娼妓の表彰を挙行、賞状や賞品を授与した。一月四日の第一回健康娼妓授与式には、娼妓三〇〇人中表彰を受けたのはわずか四三人であった(北タイ 大2・1・7)。いかに健康な体を維持するのが困難か知られよう。表彰式には駆梅院もしくは札幌警察署長が立ち会った。同年四月二十五日の第四回授与式には、札幌警察署内山署長代理が演説し、娼妓となった上はもっぱら稼業に励み、一日も早く故郷に戻って円満な家庭を作るよう述べるとともに、貯蓄の奨励を強調した(北タイ 大2・5・8)。営業主にせよ営業取締の警察にせよ、娼妓稼業に身を沈めた苦界で呻吟する女性が、年季を終えて帰れるのはわずかで、途中で病死するか廃人になり、短い生涯を終えるのがほとんどといった実態(表13参照)を知っていて、なおかつ稼業に励んで負債の返済を迫ったのである。
表-13 娼妓罹患病名と患者数(明治39年中)
病 名患者数病 名患者数
梅 毒61人コンジローム27人
淋 病57伝染性皮膚病36
フチ横根41肺 結 核1
軟 下166横 痃14
剥 脱16トラホーム45
子宮諸病446その他の疾患1065
合 計1975
1.数値は娼妓350人余中の延べ患者数。
2.『北タイ』(明40. 4 .25)より作成。

 ところでこれら娼妓たちの出身地であるが、表14は大正二年四月現在の三一九人の内訳である。道内がもっとも多いのはうなずけるとしても、宮城・新潟・青森・山形・秋田・岩手といった東北・北陸地方出身者の多いのには改めて驚かされる。この原因は、貸座敷営業主がそれらの地方出身者が多く、ゆえに故郷から娼妓を抱入れてくることにあった。
表-14 出身地別娼妓数(大2.4現在)
出身地娼妓出身地娼妓
北海道104人秋田県20人
宮城県61岩手県13
新潟県52東京府2
青森県40香川県1
山形県26合計319
『北タイ』(大2.5.8)より作成。

 なお、薄野遊廓にはいわゆる「女紅場(じよこうば)」(娼妓更正のための教育施設)は設けられなかったが、三十三年の娼妓自由廃業続出後娼妓引止策の一つとして、薄野貸座敷組合は四十一年十一月駆梅院内に娼妓学校を開校、家政学の一般や職業学校程度の手芸も加える予定で毎週一回の授業が開始された。最初九九人であったが、翌年五月に三四人も増え、一時隆盛であった。授業料一人一五銭は営業主の負担で、教師には北海道女子職業学校校主の宇野伊三郎夫妻を招き、差し当たり裁縫の一科目を教えていた。しかし、四十二年十一月頃には受講する娼妓が減少し、わずか二九人、場合によっては六、七人というありさまであった。これは営業主が、稼業大事のあまり通学には積極的でなかったからのようである(北タイ 明42・11・3~6)。ちなみに当時の娼妓の教育程度の調査によると表15のごとくであった。
表-15 娼妓の教育程度(明42.11現在)
教育程度人数
高等小学校卒34人
尋常小学校卒80
就学経験者140
読書できる者180
書面を書ける者180
算術ができる者100
自分の姓名を書ける者250
筝曲を習った者13
生花・茶道を習った者13
針を持ったことのない者200
延べ合計数1190
『北タイ』(明42.11. 6)より作成。