もう一つは三十七年一月一日付に「もずう」の筆名で記された「過去一箇年の演劇界」である。ここでは表2のように、三十六年中の上演劇が一斑として掲げられ、このうち新演劇は一五、旧演劇は一〇とし(この数字は表の注2を加えていると思われる)、中でも市川八百蔵一座と市川寿美蔵一座については「破天荒の興行」としている。しかし川上音二郎等から分かれて新派の基を築いた伊井蓉峰一座の興行は意外にも大失敗であった。これを含め、同論評は「本道人士が尚ほ未だ岩見武勇伝・尼子十勇士等を愛するの境域を脱せざるが如く、演劇に於ても亦十年以上の夢を繰返しつゝあるなり」と、三十四年同様観劇における区民の意識の遅れを強く指摘している。
表-2 明治36年中札幌において上演された演劇一斑 |
月 | 劇場 | 劇団 | 演目 |
1 | 大黒座 | 武知元良一座 | 名誉の軍人 |
2 | 大黒座 | 原良一一座 | 美人の生埋 |
3 | 大黒座 | 水谷重太郎一座 | 心の駒観音利益 |
4 | 大黒座 | 青木千八郎一座 | 閻魔の彦 |
5 | 大黒座 | 市川高麗三郎一座 | 塩垣多助 |
6 | 大黒座 | 市村栄次郎一座 | 猿猴小僧 |
7 | 大黒座 | 市川八百蔵一座 | 曽我対面 |
8 | 大黒座 | 坂東多雀一座 | 堀部安兵衛 |
9 | 大黒座 | 望月正義一座 | 武士根性 |
10 | 大黒座 | 望月正義一座 | (……………) |
11 | 大黒座 | 中村米三一座 | 鬼一法眼 |
12 | 大黒座 | 中村米三一座 | (……………) |
1.外に上演月,演目不明の田宮秋津等の合併興業あり 2.『北海タイムス』(明37.1.1)より作成 |
また三十七年十二月には、札幌座で曽根一座によって「ハムレット」が上演されたが、新聞は「其勇気や愛すべきも、成功せざるや論を俟たざるべし」(北タイ 明37・12・15)と、ここでは観劇の側ではなく、むしろ演者の側の問題としての把え方がなされている。
このほか、三十七、八年には、他の分野と同じく、日露戦争関連のものがある。まず三十七年三月に軍資献納演劇が行われ、同年五月には戦勝祝賀演劇が行われた。この祝賀演劇は、地元のスタッフによって行われたという貴重な意義を持つが、これについては後述する。同年七月には「名誉の軍人」が上演されている。