先に触れた通り、制度上は北海道に府県制が布かれておらず、道会のあり方も特別自治制と見ることができる。区制と一級町村制は府県の市制町村制に類似するが自治権に差があり、いわんや二級町村制と戸長総代人制においては自治制度の中に含めることができるか否か疑問さえ生じる。こうした現状を第一六回通常道会(大5)において、山田勢太郎議員(空知支庁選出)は次のように質問した。
国家ノ基本タル町村ノ自治ヲ堅実ナラシムルコトハ、所謂刻下ノ急務デアルノデアリマス。ソレハ今更申スマデモアリマセヌガ事実ハ余程反比例ヲシテ居ルノデアリマス。是ハ畢竟適当ナル所謂町村自治ノ長タル人物ヲ得ナイノト、一ハ物質的優遇ノ足リナイ所以ト信ジテ居リマス。此ノ町村自治ノ観念ヲ養成スルタメニハ、各町村ニ成ベク名望家ヲ御選任スル方法ヲ御考ナスッテ戴キタイ。
(北海道会議事速記録 第一六回通常会)
これに対して、長官不在のため橋本正治内務部長は町村長の優待について「至極御同感」と答え、名望家選任では「御意見トシテ承ッテ置キタイ」と言うにとどまった。しかし、同会において橋本部長は他議員の質問に次のように答弁している。
今後ハ一般道内ノ各地方ニ於キマシテ、自治ニ関スル地方改良ノ事ニ対シテノ一般ノ思想ヲ高メル必要ヲ見マシテ、本年度ヨリハ御承知ノ通リ各地方ニ於テ改良講話ヲ催シマシテ、一般ノ自治及ビ改良ニ関スル思想ノ涵養普及ヲ図ツテ居ル次第デアリマス。(中略)地方ニ於テ講習会ヲ開キ、サウシテ町村吏員ハ申スマデモナク、一般ノ町村会ノ機関ニ参与サレテ居ル所ノ――代議機関ニ参与サレテ居ル所ノ人々、其ノ他一般公民ニ対シテ地方改良ノ講習ヲ致シマシテ、一般ノ観念ヲ養成スルト云フ積リデアリマス。
(同前)
これによれば、道庁は道民の自治思想が低いので涵養し普及しなければならない。そこで講習会を開くのだという。一方で道会に長官が欠席するようでは民意を聞く姿勢に欠けているのではないか、道庁は区町村の意見を聞こうとしていないのではないかという批判が出てくる。第一三回通常道会(大2)で友田文次郎議員(上川支庁選出)は「兎角道会ノ意見ガ当局ニ徹底シテ居ラヌヤウニ考ヘラレマス。昨日以来長官ガ果シテ民意ヲ容レルコトニ忠ナルモノデアルヤ否ヤト云フコトニ付イテ、屢々質問ガアリマシタコトデスガ、多クノ建議ノ実行セラレナイト云フ点ニ於テ、本員ハ果シテ長官ガ民論ヲ聴クノ御考ガアルヤ否ヤ疑ハザルヲ得ナイ」(同前 第一三回通常会)と言い、第一五回通常会(大4)では松崎豪議員(網走支庁選出)が道庁長官の道会における発言が「官民一致ヲ破壊シ、官民ノ融和ヲ害スルニ御心付ノナイト云フコトハ勿論ノ事トハ信ズルケレドモ(注・原文のまま)、聴取リヤウニ依リマシテハ、閣下ノ御答弁ガ何トナク挑戦的態度ノヤウニ思ハレマスルノハ、甚ダ遺憾」(同前 第一五回通常会)とした。
こうした論議から、道庁と質問議員の地方自治についての考え方に大きな違いがあることがわかる。道庁側は道民に自治思想がない、あるいは低いから、区町村を強い監督権によって誘導し自治を涵養していくのだという。一方、区町村の選出議員は、自分たちの意見を汲みとって道行政に反映させることこそ自治であり、監督権を盾に民意を聞こうとしないから自治が振興しないのだと主張する。こうした意見の違いは毎道会において繰り返されるようになった。そのこと自体、地方自治への関心の高まりとも見ることができよう。