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鉄北の住民組織

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 ところで、鉄北地区は急速に都市化された地域であったために都市基盤整備が遅れていたと同時に、また逆に発展を阻害するさまざまな問題も存在していた。その解決に取り組み鉄北の振興を図る目的で大正十五年に創設されたのが鉄北平和会(会長・大塚藤四郎)であった。同会では第一中学校跡地の売却、電車の延長、札幌駅改良と北口開設、西二・五丁目に跨線橋の設置などを求めて活発な運動を行っていた。創成川以東の第十二区では、昭和二年五月二十八日に同地区の「施設に関し適切なる調査と研究を遂げ、対策を講じて在住者の福利増進を図る」目的で第十二区発展期成同盟会(会長・池田新三郎)が創設されていた。同会では昭和三年十月、五年七月と住民大会を主催し、三年には伏籠川改修、高等小学校の設置、電車延長、下水道の完成、北八条通の東部貫通、小公園の設置など(北タイ 昭3・10・31)、五年ではさらに鉄道跨線橋の設置、札幌駅北口の開設、札幌村の一部を札幌市に編入、大地積の開放が決議されていた(樽新 昭5・7・24)。四年九月二十三日には北一四条以北の住民による昭和会(会長・柳田竹二郎)も創設されている。当地では先に御大礼記念事業として昭和記念館を建設していたが、この落成を機に「町内の革新発展に資する機関」として会を創設したもので、会員は三九七人であった(八年一月に解散)。
 以上の他にも、鉄北地区には町内会的なものを含めて四丁目会、北光和親会北九条会北十条会北星協和会などが創設されている。