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大正期の公園の整備

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 札幌区・市の予算書を一瞥すると、大正期は臨時費中に公園設営費が毎年のように計上されている。中島公園円山公園大通逍遙地ごとに設営年度を記載すると次のようになる。中島公園は大正三年、八~十一年、円山公園は大正四~十一年、十三年、十五年、大通逍遙地は大正六~七年、九年、十一年、十四~十五年である(各年度の札幌区(市)予算書)。
 この間その整備の方針を詳しく知ることはできないが、新聞報道などで垣間みることができる。大正五年、区会で大通逍遙地に花園を設ける方針が示され(北タイ 大5・1・20)、実際に三、四丁目の花壇の開花の様子や雅亭新築されたことが新聞に報道されている(北タイ 大5・4・20、5・25)。六年になると、公園其他設営調査委員会が設置され、大通逍遙地設営に関する前川理学士の立案した計画書について討議された。この計画案については発見できなかったが、前川博士の大通公園計画の構想については、「日本にない大公園」という見出しで紹介している。それによると「外国のブールバール」形式を取り入れ、両側に樹木を植え、その中に花の咲く樹木や草花を植える。そしてそれらの両側に馬車や自動車が自由通行でき、かつ人が散歩をできるようにする。十分にある土地の広さを利用して世界の範となる公園にしたいというものであった(北タイ 大6・9・21)。