ビューア該当ページ

新千歳空港の整備

204 ~ 207 / 1053ページ
 千歳空港では、昭和三十六年九月日本航空によるコンベア八八〇就航、三十九年には千歳~東京間のボーイング七二七の就航とジェット機の時代となってきた。さらに四十年には三月日本国内航空の千歳~東京間、六月全日本空輸の千歳~名古屋間の運行開始など国内路線が増えてきた。また四十五年のB七四七SRの就航、日本空輸のL一〇一一就航、四十九年の日本航空のジャンボ機、全日本空輸のトライスター就航と航空機の大型化も進んだ。
 そのため、千歳空港の増改築を進めた。四十五年のターミナルビルの増改築(四月着工、十月竣工)、四十七年二月には札幌オリンピックによる外国機乗り入れに対応するため、ゲートラウンジやボーディングブリッジを新設した。さらに四十九年にもゲートラウンジやボーディングブリッジを増設した。五十一年には到着専用ターミナルビルを建設(八月着工、十二月完成)した。これ以降の増改築は、五十年に第一期工事がスタートした新千歳空港との関係で、五十二年からの運輸省航空局の計画により、千歳飛行場ターミナル施設暫定計画によって進められることになった。五十二年にはフィンガー第三期増設工事に着手、五十四年には第二到着ターミナルビルを増築した。さらに五十五年五月にはターミナルビル出発および到着施設増改築工事を開始し、五十六年七月三十一日全工事を完了した。
 一方、千歳空港を国際空港として利用する考えは、三十三年十二月道議会への請願からはじまる。四十一年には、民間航空会社や関係機関で組織する千歳空港整備懇談会が、国際空港へ昇格するための整備改善マスタープランを作成した。四十四年十月には出入国管理令に基づく出入国港に指定され、十二月二十二日から翌年二月四日まで一時的にアメリカ航空貨物専用機の乗り入れが許可された。四十七年二月札幌オリンピック開催の時期には臨時にCIQ施設(税関、入国管理局、検疫等)の指定を受けた。五十三年一月には北海道、航空会社、北海道商工会議所連合会、北海道経済連合会などの経済団体、北海道観光連盟、千歳市が千歳空港国際化促進協議会を設立、九月には千歳空港国際化促進道民大会を札幌で開催し運動を広げた。五十四年七月検疫飛行場の指定を受け、さらに五十六年三月動物植物検疫所および税関空港の指定も受け、CIQ施設がそろい国際空港としての体裁は整った。その後平成元年五月に国際線暫定施設となる千歳空港臨時便取扱施設増改築工事が完了した。そして国際線は、元年六月には大韓航空ソウル便が就航し、二年七月にはコンチネンタル航空のグアム・サイパン線就航、十月キャセイパシフィックと日本航空の共同運行で香港線が就航、四年二月日本航空のホノルル線が再開した。
 昭和四十年代に将来の増え続ける航空利用者に対応するため、防衛庁との供用ではなく、単独の民間飛行場とする構想が持ち上がり、四十七年新千歳空港促進期成会が発足した。四十八年には空港建設整備基本計画が策定され、五十年十一月には新千歳空港第一期工事に着手した。しかしオイルショックなどで五十三年開港の予定は大幅に遅れ、六十年の新千歳空港建設整備変更基本計画では、六十三年七月開港とし、第一期工事として三〇〇〇メートル滑走路や周辺整備を終えてから、二本目の滑走路を建設することにした。その後六十二年A滑走路が完成し、六十三年七月供用を開始した。平成元年七月第二期工事として新千歳空港ターミナルビル工事が起工した。四年七月一日アメリカ・ダラスフォートワース空港をモデルにした、半円形、地下一階、地上四階一部五階建て、延べ床面積約一五万三〇〇〇平方メートルの新ターミナルビルがオープンした。それとともに地下に出来た新千歳空港駅にJRが乗り入れた。

写真-11 新千歳空港

 新千歳空港の整備が進むと新千歳空港を二四時間体制の国際エアカーゴ基地にしようという構想も生まれた。二年五月に国際エアカーゴ構想のための試験チャーター第一便がアメリカから到着した。四年十一月に北海道が発表した北海道長期総合計画第五次推進計画のなかで、国際化に向けた地域づくりが大きな柱とされた。そのため新千歳空港の二四時間運用のため、五年から航路直下の千歳・苫小牧両地域住民と北海道との間で協議が重ねられ、六年四月午後十時から午前七時までの深夜早朝は六便を限度とし、貨物便に限るという条件付きで両地域の同意を得た。早速六月から二四時間運用がスタートし、三十日午前五時五十分に深夜早朝便一番機が到着した。
 平成六年には年間乗降客一五〇〇万人を超え、八年四月二十六日にはB滑走路も供用を開始し、九年三月には国際線増便などによる増加する海外旅行客のために国際線搭乗待合室の拡張など、整備に努めている(以上北海道空港株式会社 北海道空港40年史 1961-2000 空遊都市宣言 平13・10)。この後も、国内線、国際線とも増加し、平成十四年の乗降客数は一九〇〇万人に近づき、国内線乗降客では全国二位、国際線は定期便八路線が就航している(概要 平15)。
  表-5 千歳空港丘珠空港の乗降客(単位 人)
千歳・丘珠
乗客降客
昭451,245,7661,240,843
 461,510,2931,478,087
 471,673,2721,629,956
 482,100,9232,034,840
 492,469,2722,476,494
 502,510,8812,445,204
 512,951,6442,882,933
 523,303,8333,249,060
 533,513,7973,464,987
 543,932,7473,871,323
 553,925,6633,868,081
 564,075,9173,969,976
 574,024,1163,930,245
 584,064,4973,965,258
 
 千歳(新千歳)丘珠
乗客降客乗客降客
昭594,279,6224,154,50454,27059,575
 604,354,8924,252,42663,33169,509
 614,605,4204,481,57191,16093,527
 625,263,0375,101,395104,632108,202
 635,547,5705,397,977114,995114,183
平 16,262,7966,100,152126,152127,164
  26,841,7656,683,627174,813174,978
  37,345,6657,186,636184,835183,635
  47,422,3707,262,988189,863188,664
  57,439,0587,264,235188,538187,115
  67,667,1407,417,156191,477188,285
  77,977,9787,711,399192,727190,287
  88,282,5158,011,767191,892189,638
  98,595,5188,363,564178,627175,192
 108,860,8378,634,197171,986170,693
 119,373,0779,188,870169,158166,167
 129,046,5848,832,636170,743171,780
 139,348,1839,148,689161,666159,541
 149,562,8359,367,533162,509161,867
札幌市『札幌市統計書』(昭50、55、60、平2、7、12、15)

 平成八年十一月には、半額運賃を掲げて北海道国際航空株式会社(エア・ドゥ)が設立され、十年十二月新千歳~羽田線が就航した。しかし、経営は思わしくなく、十四年六月二十五日に民事再生法を申請し、十五年二月からは全日空の支援をうけて共同運行を行っている(道新 平14・6・25、15・1・31)。