市内に初めて設置された美術館は、昭和四十二年九月三日に開館した北海道立美術館であった。主に節子夫人から寄贈された三岸好太郎の作品を展示していたが、北一条西五丁目の旧道立図書館を改装して充てた仮の美術館であって、いずれ本格的な館建設が予定されていた。四十六年に新北海道立美術館建設調査委員会が設置され、四十七年に建設敷地が北一条西一七丁目に決定するも、入札不調により四十八年度の着工が翌年に延び、四十九年八月からの着工となっていた。また、近現代美術品の収集・展示に特化するために、館名を北海道立近代美術館とすることが五十二年三月に決定していた。同館は同年七月二十一日にオープンし、開館記念の特別展は札幌市との姉妹友好都市であるミュンヘンを考慮して、ミュンヘン近代美術展が開催されていた。同館の合掌造りを思わせる白亜の建物デザイン、展示室、講堂、レストランなど設備がととのった本格的な美術館は好評を博し、以降、多くの入館者をみることになる。
一方、道立近代美術館の開館にともない旧館の方は、新たに道立三岸好太郎美術館として五十二年六月一日に開館したが、その後、三岸好太郎のアトリエをイメージした新館が北二条西一五丁目に建設され、五十八年七月一日に開館している(旧館は現在、道立文書館別館)。
札幌彫刻美術館(中央区宮の森)は、札幌出身の彫刻家本郷新の作品を展示するミュージアムとして五十六年に開館した。「わだつみの像」などで知られる本郷新は、五十二年に宮の森に建てたアトリエをミュージアムにする計画をもち、アトリエと作品を札幌市か道へ寄贈する意向を伝えていたが、五十五年二月に亡くなった。遺族と関係者は故人の遺志をくみ計画を推進し、同年六月十六日に財団法人札幌彫刻美術館設立総会が開かれた。アトリエ・ギャラリーは本郷新記念館となり、道路向かいに札幌市と道が主体となって本館を建設し、五十六年六月二十九日に開館した。展示作品は主に本郷家から寄贈を受けたもので、記念館には遺品・コレクションが展示されている。同館では五十八年より公共空間のモニュマンを対象とした本郷新賞を設けている。