[翻刻]

            1
  大意      2
飼の業は古より農とつゞきたるわざにして場の
郷里にては専にはげミて年々の利徳をうるゆゑ人々心をつく
し上あたりを願ひぬれども耕作の業に時変ありて早稲
晩種の損益あるごとくがひも年を経れバ手入飼かたのたがひ
あり二十ヶ年以前までは暖なるをきらひすゞしき飼方に利ありし
を近年ハ去る飢饉の頃より別て初夏のうち不順にて折々寒き
事あり家によりては寒さを凌かね思の外の損失あり以前
 
  (改頁)      3
 
は掃立よりまゆ造るまで日数四十余日に飼あげしに近頃ハ
三十四五日をかぎり飼上る人々年々上作の利をうる尤村里寒
暖の地により一概にハ云難なれども日数をつめて飼上る心得ハ
有たき事なれバ国々にて上作のを致す人々の飼様を校合
せて一書につゞりがひする人々の心得にせんと荒ましを記
ぬ此外にもよき考あらん人は筆をそへ給わるべし
  たね貯かたの事
蚕種たくハヘやうハ夏より秋のうちハうす紙の袋に入紐をつけ
かけ置べし生ものゝ事なれバ気のこもる所或ハ日のあたりの壁
つき又は湿気の有所を嫌ふべし物のあひにはさミ押るも
 
  (改頁)
 
わろし家のうちせまくて烟りおほくまき煤付てはわろし又
たき火のほのふ ろうそく油火の類種にかざすときは出ざ
るなり十月のすゑの葉落る頃より箱に入るゝこれも
外の品を入ぬ箱に入置たき事なれども別に箱の貯
なくバ有合の箱にて匂ひなくきれいなる箱に入べし箱
の板もひのきかや杉はわろし成べくは桐か松などの類にて
箱をこしらへ置べし種入やうハ壱枚ヅゝ丸く二重に折かり
にこよりにてしめ立ておくべし。種ハ至て鼠のこのむもの
なれバ鼠のつかぬやうに用心あるべし
  寒水にひたしやうの事
 
  (改頁)      4
 
寒中の午の日に入酉の日にあげかわかすべし種へ麻のふ
と糸にて丈夫なるひもをつけ水桶はいかにも清らか
なる桶にすべし是もひのきかや杉の桶ハいむべし水にひたし
ふたをきせ凍つよくともこほらぬやうにすべしもし水の中へ
煤鼠のふん酒たばこ塩など入る時はわろしひたしてより四日の
間日々水をかへ酉の日昼の四ツ頃引あげ竿へつり水をたらし其夜
より北側の夜風のあたる所へっり置昼夜そとの風にふかすれ
バ三日めにハあらあらかわく夫より内へつりおき正月のすゑごろ
箱へ入其家のうちさむき場所に八十八夜まへまてかこひおく
べしかわきかねたるを箱へ入るときハ出ず寒水に入て
 
  (改頁)
 
油断し仕損ずるときハかへつてうれいある故まづハひた
さぬ方もよしひたさぬとてものそだちにかゝハら
ぬものなりしかし時候につきていかにも寒き所にお
くべし寒中あたたかなる所におくときは春になり
時ならず早出致ものなり又むら青ミなどするも全寒
中より春のかこい方にあると心得べし
 武州村山村好士の日この土地は暖国にて冬春の内種
のかこひ方むづかしき故すべて春になり山おろしの種を
掃ならひなりしかし秋引付の種もあり秋引付の種ハ
寒水へひたすかはりに寒中こほりつよき夜四五夜軒下
 
  (改頁)      5
 
へつり置そと風にふかすれバ春の青ミかた山おろしと同
様にあをミてかハわる事なし全寒中の手入大切なる事
かくのごとしといはれき
  種青ませやうの事
掃立の時節は其国により遅速ある事にての(ママ)芽出し
春の遅霜の様子によるべしまづ大がいは八十八夜前後
なるものなれども日数をつめて飼にハ人なミより四五日遅く
掃かた利あり掃立んと思ふ十日以前に煤をはらひ掃立の
場所を丁寧にこしらへ置。掃立する八日まへに箱より
種を出し元ゆひにて四方のすミにひもを付紙に包まず
 
  (改頁)
 
南むき日あたりのよき障子ぎわより四尺ほどはなれ屏風
やうのものにてかこひ畳より弐尺ほどあげてつり置日々
上を下へつり直すべし片あをミ致さぬ為之元よりの仕なら
ひにハ紙につミ又風呂しきなどにつゝみ焼火の間近など
にてあたゝむるやうに致すなれどもよく包ときはかへつて
外のやうきをうけざる故あをミ遅し外のやうきをうくる
やうにすべしたとひ紙に包とも種を丸く二重に折うへ
を広紙にまき双方へやうきのぬくるやうにすべしされバ
とてそと風の吹こむはわろし風なきときハ障子をあけ
おきてよし種あおミなかばになりしとき掃立の場所
 
  (改頁)      6
 
のいでたる通りに(ママ)其所のうつハに随ひ筵籠むろぶた
このめいづれにても籾ぬかを敷其上へ広紙をしき種を
平らかに置べし出てはひちるときは廻りへをきざミ
筋だちて仕切をすれバ夫より外ヘハはひ出ぬなり青まする
内やうき格別寒きときは夜分より朝のうちハ紙帳をはり
その外へ火ばちを置あた丶かにしてやうきをとり八日めに掃
立になるやうにすべし陽気のとり方ハ次の部に委あり
すべて昼夜ゆだんあるべからず
  掃立やうの事
元よりの仕習にハの椹にて掃立しなれども近頃ハ
 
  (改頁)
 
めどを用ずの葉にて掃立るなりめどははやくかれざる
故に湿をもちかびの付故の葉のかたよろし芽出し
にて葉ちひさき故おほく入やうにミゆれども掃立ハ
数もせまき故多くハ入らぬものにてためしミるべし稚がひの
うち壱枚掃の弐駄切の場を余分に用るときハ十分
行届くものなりまづ壱枚の種三度に掃立る例なれバ
初日の掃立刻五合位二日めさかりに刻壱升三日
め弟掃に五合とつもるべし刻こしらへやうハのわか
芽をそろへ庖丁め弐分ぐらゐにきざミ又押きりを致し
上よりそゝねとり末は箕にてふきくきを取すて用べし
 
  (改頁)      7
 
種掃立ハまづ昼の九ツまへこまかなる刻をはらはらと
種へかけ置ハツ過ころ右つもり通り(ママ)のを種へもりかけ
はひ付けるとき広き紙へ掃ひ落し猶落ざる残の
は四すミのひもを双方へはりおき種のうちより
箸にて打べし羽にてつよく掃はわろし掃落し済
て手にてへ静に切まぜ器へ籾ぬかをしき手にて
はらはらとまき箸にてむらを直すべし壱枚の
種三度に掃立筵へちらすとき凡畳弐枚半ほどにひ
ろぐべしいかにもうすき程よしひろげ済てミれバ
ミえぬ位のもの之のくれかた昼夜に六たびツゝハかけべし
 
  (改頁)
 
乳のミ児をそだつる心得にて産れおちのときハ食も
ほそきものなれバ一度に多くはのまず日の内何度も乳
をのミ夜も母はねむり居ても児ハ乳をさがしのむ其心得
にてもあつくかくるに及ハずくひよくこまかにきざミむら
なくはらはらとかけ昼のうち四たび夜五ツ時とハツどきと
都合六たびハかけべし尤やうき格別あつきときハをあら
くきざみ八度も九度もかけべし掃立るにもあつき時
ハ一日に二度はくべし又格別に寒くして出がたきときも
日ごとに是非はくべつし二日包置て掃立るハわろしに労の
つくをまねくなり初休までわづか八九日の間なれバいか
 
  (改頁)      8
 
様に心を尽すとも長き骨折になく稚かひの内に病付初る
時ハ末に至り心を尽すとも詮なき事よくよく心得あるべし
 相州大嶋村好士年々上作す人其飼かたを尋るにをしへ
て云ハを大切にしをそまつに飼べしとかく人々
を大切にをそまっに心得らるゝ故不作する之と
をしゆ此好士掃立のときめどを用によもみつぶし
青水をしぼり捨用といへり是もよき仕方にてかく
心を入たき事なり
  陽気とりやうの事
陽気のかげんハ掃立のときは着もの袷ひとへもの
 
  (改頁)
 
がさねにて心よき程に致べし掃立の場所も国々により
かこいのよき座敷又ハ二かい棚木にて其所の仕習にてよろし
しかし朝日うけのはやき場を好べし寒きやうきしのぎの
ため紙帳をはるべし紙帳のこしらへかたハ紙をつぎ立天
井をつけずちを付て幕のやうにこしらへ廻りへはるべし
家のむきも北風のぬけよきを好といへどもの場所へすぐ
に風のふきこむハあし風の吹こむきわハの迯るにて知べし
紙のまくハひろくもせまくも。自由に縄をはりかこまるゝ故
手がるく陽気のかげん致やすし幕をはりても猶さむき
ときハまくのそとへ火ばちを置火ばちも大き成わハわろし三升
 
  (改頁)      9
 
炊のなべくらゐのうつはへ弐ツも三ツもこしらへ折々置場をかへ
べし火もかた炭をとくといけこみ用ゆ雨ふり湿気つ
よきときはたき火をたくこれも小ぶとき木をたき大火に
たかずとかとかとたえざるやうにたくべし雰まきて破風より
ふき人ときは松葉をたき烟をまかすべし然れども烟過て
ハ又わろし庭起になり居家に置あまり長屋などへ出すときハ
三四日まへより火をたき湿気をぬきて置べし新木ぶしん
ぬり立の壁もいむべきなり屋根ハかやぶきを最上とす
板ぶきかわらぶきなどハ寒暑のとうり(ママ)つよき故格別
やうき取にくしかやぶきふきがヘハ秋ぶしんにすべし春の
 
  (改頁)
 
ふきがヘハ屋根落つかず風ふきとう(ママ)すなり小麦からのやね
春ぶしんに致せバのときちひさき蝶まひ出ての中
をくゞりあるく甚 あし秋ぶしんにて冬春たき火のすゝ
つけバ蝶も出ざるなりすゝつけバ風もとう(ママ)さず又夜半すぎ
より明方迄のやうきひやつきて至てわろきものなれバ此
所を心得て火ばちのかげんあるべきなり庭起になりて二
かいの棚むるゝときハやねの北がハヘ竹の筒の吹ぬきをさして気を
ぬきてよし板瓦杉皮などのやねヘハ松の青枝を程よくなら
べ置べしすべて寒さをしのぐにハ紙帳火ばちたき火に
てかげんをなしあつさをしのぐにハかこひをとりはらひ
 
  (改頁)      10
 
気をすかし猶もあつきときは軒端へ日よけひさしなどかけ
其上をつゞけてかけ囗のすかぬやうにすべしをたえざる
やうにすれバいかほどあつくともしのぐものなり
  掃立より日数積手人の事
箱より種を出し青まする日数八日にして掃立壱枚掃を
畳弐枚半にひろげ三日めに又ひろげふやし四日五日めハ
日々はしにてかきちらし尻をすかす六日めに白ミて尻を
かへ五枚にひろげ七日めにしゞにやすミ付せ八日めに一日一夜
どめ尤半分起のころはしを人尻をすかしあひの
こまかに刻ふるべしどめあひの休まへ付の尻がへに
 
  (改頁)
 
ハ四度の休こと同様にすべし九日めにつけ尻をかへひろ
げ十三日めにたけのやすミ十枚にひろげ休ますべし掃
立より是迄数昼夜六たびツゝはかゝすべからず十四日めに
どめ十五日めにつけ尻をかへひろげ是よりかず日に
五たびツゝ十九日めに舟の休につけ弐十枚にひろぐべし
廿日めにどめ廿一日めにつけ尻がへしてひろげ是より
かず日に四度ツゝ廿七日めに庭の中やすミ四十枚にひろげ
廿八日めにどめ廿九日めにつけ是よりかず日に三たび
ツゝ又追々ひろげひきの座八十枚にすべし三十四五日め
にまゆを作らすのくれかた三十二日め三十三日め両日の
 
  (改頁)      11
 
十分に掛べし此不足なるときハ糸目すくなし
一代の食おさめなり右の日数さむきあつき陽気ありともおほ
よそ定としてやうきをとり日数押付やうに手入すへし尻
のかへ方ハ休まへ付の弐度ハ勿論其間にも念を入るにハ
壱度ツゝかへたき事なり四度の休のうちも湿気かび
をのぞくにハ尻をかゆるなり是は休まへの尻がへにて尻も
うすきゆゑ敷ものをかへてこくそをぬくばかりなり休
に手入をしての足はなるゝとも起囗のきぬをぬくに決て
さわりなし中にハきぬをぬぎかけて尻につきたるもあれども
夫ハ元よりやまひあるなり休なかばに尻をかゆる時ハ一さんに
 
  (改頁)
 
よく休そろふ又起囗もはかどりてよし庭起よりは度々
尻をかへべしくはでとくそ多なるときはむるゝもの
なれバ油断あるべからず種の場所にては掃立より
日まぜに尻をかへ庭起よりハ日々にかゆるなれども糸
場のは尻がへあらあら敷致事差略あるべしすべて
飼かた初休まで格別念入あたゝかめに致しかずも度々
かけたけ休までのいたミ出ぬやうに致ときは末に至しの
ぎがたき陽気ありてもさハりなきものなり舟起よりハ
陽気にしたがひ日数のびてもくるしからず庭起よりハ
少しすゞしきかたよろしあまり日数つまるときハ糸の
 
  (改頁)      12
 
たち方まゆの吟もわろし別てやとひになりいきるゝ
ときは猶々糸口たゝぬものなり糸のだちかたは
やとひやうにあると心得べし
  やとひ方の事
ひきたる一ツびろひに致は上のやとひさらひとりて
やとふハ中の仕かたの上へ出しかけてはぎを立るハ下の仕
かたなり又決やとひの仕かたあり是はとやとひと決
におきひき次第やとひへ入まゆをつくる残りのハ猶又
をかくる棚場ひろからざれバ致しがたしやとひの立かたハ奥州
にてハ一ツびろひにて折まぶしにやとふ是はわらを三角に
 
  (改頁)
 
折むすびならべ立る信州にてはわらを手一束に折つめ
たばね前長にこしらへ置やとひに立るとき一ツびろひの
を器へまき其上へひろげ立ならふ其余のやとひ
方ハ萩つゝじなどの枝すべて小枝多きもやにてたつる押
かけやとひハをかけて其上へ萩を立る故尻をかへて
こくそなきやうにすべしもやにてやとふときハ上巣とて
わらを三寸ほどに切もやのうへよりばらばらと置てよし
とかく早く巣へ入てつくりよきやうに致かた肝要なり
郡内大月宿好士日一ツびろひのやとひ方ハ尤最上
なれども人手間すくなき家にてハ致しがたしよつてひきたる
 
  (改頁)      13
 
をわくるに椚の葉枝を一枚の筵に三四本ツゝならべ其上
をかくるひきざるハへつきひきたるハ椚の枝につく
しばらくして枝を取あげ畳の上にて振ひおとしさらひ
取てやとふはかどりて中々心やすき仕方なりと物がたり有し
 網にて尻をかゆる事
     稚がひの内のあミ
(注 「稚がひの内のあミ」の図は原本ビューワ13コマ参照)
     双方の定木ハ五分角くらゐにてよし糸へうす渋を引べし
もめんのより糸をぬい
糸ぐらゐにこしらへ双方へ
定木をつけたて糸を
はり横は五六寸とびに
網針にてむすびとほし双方の定木ヘハほそ鋸にて
 
  (改頁)
 
糸ミちを引こみ糸をはりて上をあつき紙にてはるべし
網のかたちハ国々の器にしたがひこしらふべし初休
まへ用るハたて糸弐分あきたけ休前後は四分あき舟
やすミよりハ一寸あきにてよし庭起にハ縄の網を用ゆ
稚がひの内糸網を用にハの上へ籾ぬかをはらはらと
ふり其上へ網をかくべし網の下へ古き尻の付ぬため
なりすべてにぬかを用ハ籾ぬかの方よろし粟ぬかハ
しけこもりてわろし網をかけてを初休まヘハ四度かけて
とるだけ休よりハ三度にて取稚がひに糸網を用る時ハ尻がへ
至て仕やすし尤網かず何枚もこしらへ置敷ばなしに致なり
 
  (改頁)      14
 
休起のとき糸あミを用れバ早休の又ハ起のこりの網の
下へのこりて揃囗よし又下へ残りた(ママ)るも初ばき末掃へ入る
ときハ末々囗数もふへぬものなり網を用ひずして尻をかゆ
るにハ籾ぬかを程よくふりをかけぬかをさかひめに致し
へがし取なり手数かゝりて気尽しのものなり
 相州九沢村好士日尻がへの事如此心を尽しぬるハ尤利
あるべきか此土地は元より尻がへ致ざる仕習ゆゑ尻
がへの替りにぬかを多く用て年々上作すまつ
壱枚掃に籾ぬか五俵ツゝ用意し舟までに残
らず遣ひ切様に筵の肌へ敷ぬかもあうくしき其上
 
  (改頁)
 
 をかくるまへに日に両度ツゝの上へぬかを
ふりをかくる尻たかくなりてもぬかをまぜて
ある故かびのつく事更になしと物語りありし
  雨天のときまゆ虫ころし仕やうの事
上あたりのまゆ仕上げ(ママ)ても雨天つゞけバうじ蛭出て損
失す惜へき事之さあらんにハほいろにてむし殺べしほいろの
仕かた常の爐のかたちにあっき板にて井桜をこしらへ下
へほそ竹の簀をしき其上へ広紙をしきまゆを入弐三
重もかさね上ハ切ぶたをして渋紙にてつゝむべし下の火かげん
ハ爐のふかさ弐尺余ほり炭火をつよくおこしごとくをかけ
 
  (改頁)      15
 
鍋へ湯を入置べし火の気ばかりになく湯気ある故こげる
きミなく糸のたちにさハらずゆげにて虫もはやく死るなり
ころし済て外のうつハヘうつしさます又土間を弐尺余ほり炭
火を置湯なべをかけ両側にまゆのうつハをつミ外より渋
紙にて包べし是 ハ一むしにまゆかず弍十枚も入る故はかどりて
よし又植木むろへ棚をつり平めかいかごとうしの類に紙を
敷まゆを入棚へさし込下へ火を入囗をふさぎ殺もあり何れ
のころし方も糸のたちにさはらずためしミるべし
  とり方の事
のとり方稚がひの内はいかにも素性よきやわらかなる
 
  (改頁)
 
葉を用べしとかくくねあるひハ木かげなどのさかりに
なりて取にくき場を用るものあり是ハ以の外の心得違
なり木挟などのなき場所の勢ぶんのよきを用べし庭の
付には新植のを用ゆれバ糸の目方格別多く
ある古木はくひざかりに用べしまづ第一を惜まず用ひ
日々入用の前囗にとりしほれぬやうにかこひ置日ごし
に用べし又雨天の節雨かゝりたるハ用べからず日ごしにすれバ
かわかして用らるゝなり若長雨にてかわきがたきときは
せうちう壱升水壱(ママ)斗をわりへ打て用べし酒ハすべ
てしけをのぞくものなれバ稚がひ(ママ)のうちより折々用て
 
  (改頁)      16
 
よろし朝取入るとき雰おほくまくときハ雰晴て後取べし
雰のつゆハ雨つゆよりわろしすべての手あて少き時は
よきを仕損する事ありに応じて種を掃べし種
おほく掃しとてまゆ余分にとるゝといふ事なし労なき
やうに手人し飼上れバ種のつもりよりまゆ余分に出来る
なりの刻かた初休まへは庖丁め壱分より弐三分ぐらゐ
たけ休までは五分ぐらゐ舟やすミまでハ一寸くらゐ舟起
よりハ、一握弍ツぎり又ハ枝くはにてよし庭やすミせめ
は刻てふるべし稚がひのうち数度かくるにはこまかにて
よし遍数すくなき時はあらく刻べしこまかにては食たら
 
  (改頁)
 
ず遍数ときざミ方相当に致べし夜は少しあらき
方よし朝かくるときまで葉のかたち有やうにすべし
のつもり壱枚掃下々のかひ方八駄切より中所にて
十四五駄糸まゆがひ上所にて弐十駄まで種ハ三十駄
余も用ゆの遣ひ高にてまゆのかさもとるゝなりまづ
大がい壱枚掃まゆ七八斗よりめたりとつもるなれども種
は三石位までは出来る故壱駄にて、まゆ壱斗位の
積りなれバ、多くを用るときハ、必まゆ多くあり、
多く用るには、稚がひの内より余分に用くひふとらせ
ておかざれバ末に至り余分にかくるとものふとり足ら
 
  (改頁)      17
 
されバ食ハず其時いかに思ふとも詮なかるべしの駄数も
畑のつもりより糞手入の仕かたにて多くあり糞のおほき
は糸目も多くあれバ糞手入専ら心がけあるべきなり
此書の大要は掃立より日数つもり手入の事とある一段を
旨として能々見解なふべし即年久しく蚕種の商を業
として国々上作の飼方を見聞寸善の端にもせんとつた
なきをかへりミず筆をとりていさゝか思ふよしを書つくるになん
        信州上田在塩尻村
 天保十二丑年    藤本善右衛門誌之