短歌

            19
          北海道札幌  大 木 放 野(注22)
   (山子の歌へる)
▲淋(さび)しきに口笛吹けば口笛が
      山彦となりし朝の嬉しさ。
▲何にも彼も我が物顔で草の宿に
      夜露を浮びて眠り明せる。
▲心なき山の悲しさよ大声に
       友を呼べどもコダマ流れるゝ。
▲業終へし心安にしみじみと
       川面に一つの落葉をみる。
▲谷川の響高けれ山深み
       夫(そ)の静けさは何処(いずこ)かにあり
▲山に在り一つの白雲離さじと
       見つめつ居しに遠く去り行く。
▲街に行きあの静けさが切に又
       生くきするなり森林労働者なる。
▲山子等の話は総べて若かりき
       世帯に染まぬ語らひをもつ。
▲山に在り紅き灯の町宵々に
       狂はんばかり恋ふる男よ。
▲暑ければ習となりて真昼時
       木影に入りつ仰向けに寝し。
▲仰向けに寢つゝかすかに吹く風に
       揺るゝ木の葉の様々なる見たり。
▲風冷えし頃月と別れつ今宵も亦
       心安らけく床に入りし。
▲木場人夫の一人一人が掛け声に
 
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       欠伸(あくび)の湧きつ夏の日暮るゝ。
▲山に居てたまに海辺の宿に寝し
       我浪のに眠る術(すべ)なく。
▲眠られねば起きて側(かたわ)らの煙管(キセル)取り
       サツキの煙様々に吐く。
▲地気今足よりそっと泌み入ると
       覚えし朝の石の潤む。
▲好くまゝに潮に湿りし堅砂地
       泳忘れてしばし歩みし。
▲さながら幼な小供に在る如し
       ドブンドブンと河に石投ぐ。
▲玉蜀黍(トウモロコシ)のカソケキ秋の聞けば
       うら懐しき思出の湧く。
▲陽の暮れつ秋の野道を我行けば
       冷気は空より降り来るが如し。
▲爪(つま)づきて覚ゆる痛さに似てしむか
       十月半の山沢の