土偶

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サイベ沢遺跡土偶(市立函館博物館蔵)

 遺跡から人物や動物をかたどった土製品が発見される。人物は女性像が多く、ヨーロッパでは旧石器時代からマンモスの牙や石製のビーナスが作られているが、日本では縄文時代になってから土偶といわれる土製の人物像が造られた。土偶は玩(がん)具としてではなく、呪(じゅ)術的な偶像として作られたものと言われ、死者への副葬品として墓から発見されることがある。函館周辺で最初に土偶が出現する時期は円筒土器の時代である。サイベ沢遺跡の出土品は大きさ10センチメートルほどの板状のものと30センチメートル以上のものとがあった。後者は破損品で、発見当初は土板と考えられたが、類似のものがその後青森県で発見され、体部の一部であることがわかった。小形の土偶が4例出土している。完形のものは顔の表情が判然としないが、胸部の乳房突起と下腹部の突起が誇張されている。眉(まゆ)に隆帯があり、手足は太く短かく、体部には衣服を表わす縄目の装飾が付いている。1例は胸部から下腹部以下が欠損しているが、目と口がくぼみ、胸の乳房突起が誇張されている。その他類似品が2例あり、いずれも母性像であるが体部に縄文装飾文と点列装飾文があって、衣服を着けていたことがわかる。文様が肩から足の部分まで付いているので、ワンピースのように頭からかぶる服であったものと思われる。現代の和服は上下がなく、前を合わせて腰紐で結ぶが、この土偶の衣服には腰紐がないため、エスキモー人の服のようなものと想像される。土偶が女性像であることから、生殖の神秘性と地母神崇拝を表したものと解釈されている。この時期の土器には装飾のために人の顔を表現した人面土器がある。サイベ沢遺跡出土の土器は口縁部の1か所に2つの顔が並んでいる。三角形で単純な表情をしたものを貼付けている。森町オニウシ出土の土器は、口縁部に顔を突出させて、2つの顔が土器の裏表に背中合わせになっている。土偶人面土器に現われる人物の表現には、それなりの意味があったと思われる。顔の表現よりも生殖器を誇張した土偶、生殖器より顔の表現や様態を意図とした土偶、それぞれに趣がある。これらの表情に哀調を帯びているのを見るのは、素朴さの故であろうか。縄文人の信仰や精神文化の研究には見過せないことである。