ロシア船との遭遇

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 ところが、天保2(1831)年5月12日、東蝦夷地の高田屋の請負場所に米塩を送るため、大坂の伊丹屋平兵衛所有の栄徳丸という船を雇い、船頭重蔵が乗ってきたが、たまたま風がなく様似沖で漂っていたところ、2艘のロシア船に遭い、その船から異人がボートを出して栄徳丸に乗組み、若干の米酒を奪い取って去った。それから風を得て栄徳丸は幌泉に入港したというのである。