明治三十年代の海運

833 ~ 834 / 1354ページ
 通称定期といわれる汽船が航行を始めた年月について資料不足のため詳細について不明であるが、明治三十三年の新聞広告に次のようなものが記されている(明治二十年代の後半に開始されたものであろうか)。
 
  明治三十三年二月二日、函館毎日新聞
            椴法華尾    二月三日
  定期 鳳至丸   {札部川汲臼}   午後六時
            尻熊鹿    
            部行
    注意出帆當日貨物積切正午限り
               〓工藤海運部
 
            戸井尻岸内根  二月三日
  定航 有河丸   {田内椴法華行}  午後十時
               元扱店久回漕店
 
     護全丸   {根田内椴法華}  二月三日
            古部行     午後十時
               〓宮本回漕店
 
  汽船 石山丸   戸井日浦
          {岸内
根田内}   二月三日
           椴法華行    午後十二時
               〓黒井船舶部
 
 つぎに明治三十五年の函館港と下海岸の主な港の入出港船に関する統計と函館、椴法華間航運統計を記すことにする。

[表]