月待・日待信仰については、延宝八年(一六八〇)、藩の布令で「雨待・月待・日待・節句其外参会振舞」を奢ってはならないとしている。なかでも夜半に月の出る
二十三夜待がさかんで、豊作を祈願した。
二十三夜塔は、天保年間(一八三〇~四三)から幕末・明治まで建てられ、なかには
庚申信仰と結びついて一基に両方を刻したものもある(同前No.四四七)。このほか、農家では真言を唱えながら、害虫を追う
虫送りをしているが、
雨乞いは藩が
寺社に命じて行わせた(資料近世2No.四三二、四三三)。
図252.常盤神社の二十三夜塔