この時期には、道路整備と並行して自動車による運送事業の申請がなされ、昭和二十四年に弘前運送株式会社発起人代表から申請された、小運送のためにする一般貸切貨物自動車運送事業が許可された(同前No.四一二)。また昭和二十五年には、霊柩のためにする一般貸切貨物自動車運送事業経営免許申請(弘前衛生舎)及び一般乗合旅客自動車運送事業経営免許申請(弘前乗合自動車株式会社設立発起人)が提出された(同前No.四一四・四一五)。前者は、当時自動車による霊柩事業が皆無であり、専用外のトラック及び馬車などで輸送するというかなり不便を強いられていたことから許可されたが、後者はその営業路線のほとんどが既存の弘南バス株式会社と競合することから却下された。