創立記念

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弘前商工会議所は、昭和五十二年に創立七十周年、六十二年に八十周年、平成九年に九十周年を迎え、それぞれ記念行事を行った。このうち、七十周年の記念式典の際の弘前市長の挨拶は次のものであった。
 本日ここに、弘前商工会議所が意義ある創立七十周年を迎えられましたことは、誠におめでたいことであり、心からお祝いを申し上げる次第であります。
 顧みるに、弘前商工会議所は、明治四十年、当時の本市経済界の先導者である岩淵惟一氏が設立発起人委員長となって、諸準備を進められ、同年十二月の認可を待って、弘前商業会議所として発足されるに至ったのであります。
 当時商業会議所が、如何に大きな期待をになって創立されたかについては、翌明治四十一年六月二日、多くの関係者列席のもとに盛大に挙行された開所式において、ときの青森県知事西沢正太郎氏が、その祝辞のなかで「商業会議所は須らく測候所として商工業者を導き、又商工業者は商業会議所を灯台として之に頼らざるべからず」と申していることからも私共は容易に伺い知ることができるのであります。
 以来今日まで七十年に及ぶ年輪を重ねて参ったのでありますが、この間時代の変遷とともに、当会議所が歩んで来た道もまた、苦難の歴史であり、険しい山また山の試練の道だったのであります。
 それは大正三年の第一次世界大戦による経済の好況を頂点とし、急激に下降をたどった昭和初年の金融恐慌による不況時代であり、第二次世界大戦による経済統制敗戦のもたらしたインフレ経済時代であります。
 そして昭和三十年代から四十年代半ばにかけてのめざましい高度成長を経て、今、迎えている安定成長経済時代への移行であります。
 而して、当会議所におかれましては、このような幾多の苦難に遭遇しながらも、たゆまぬ努力と適切な判断により見事これを乗り越え、常に、本市商工業界の中心的指導機関として、積極的な活動を展開され、特色ある伝統と輝かしい業績を築き上げてこられたのであります。
 私はいま、ここに改めて歴代会頭をはじめ役職員各位の御労苦に対し、深く敬意を表するとともに感謝申し上げる次第であります。(後略)
 昭和五十二年十月二十日
  弘前市長 福士文知
(『弘前商工会議所会報』二四五)

 弘前商工会議所は十月二十日に式典を行ったほか、弘前商工会議所七十年史の出版などの記念事業を実施した。七十周年の記念式典は特に盛大であった。