弘前大学の拡充

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農林県であり、また、りんごの特産で知られる園芸県でもある青森県において、農学部の設置は、大学創設当時から望まれていた。しかし、教授陣、施設の不備から学部設置は見送られ、文理学部理学科の中に農学専攻科として組み込まれた。その後も県および大学が協力して農学部設置運動が進められ、昭和三十年(一九五五)一月、弘前大学長から文部大臣に、農学部設置申請書が提出され、同年三月に設置が正式に決定した。その後も農学部拡充整備のための活動がみられ、昭和三十二年八月には財団法人弘前大学後援会が募金活動に乗り出した。
 なお、農学部は、理工学部構想における理学部生物学科の農学部への移設に伴い、平成九年(一九九七)十月に、理工学部の発足とともに農学生命科学部として新たな歩みを始めた。

写真211 農学生命科学部建物

 昭和四十年三月九日、弘前大学はそれまでの学則を廃止し、新たに学制を制定した。それに伴い、文理学部を改組して人文学部および理学部を新設し、また、国立学校設置法の一部改正により、各学部に共通する一般教養に関する教育を担う教養部が設置された。
 また、昭和五十年四月二十二日には国立学校設置法の一部改正により医療技術短期大学部が弘前大学に併設された。
 新学制における大学院は、修士課程と博士課程から成り立っており、当初はともに研究者、大学教員の養成が目的と考えられていたが、昭和三十年には修士課程の目的に高度の研究能力を持つ専門職業人の養成という役割が加わり、大学院は国立大学を中心に発展していった。弘前大学では、昭和三十三年に大学院医学研究科(博士課程)が設置され、その後、昭和四十六年に大学院農学研究科(修士課程)、昭和五十二年に大学院理学研究科(修士課程)、平成元年には大学院人文科学研究科(修士課程)が設置された。また、平成二年には岩手大学、弘前大学、山形大学で構成する岩手大学大学院連合農学研究科(博士課程)へ参加し、さらに、平成六年に大学院教育学研究科(修士課程)、平成十一年に大学院人文科学研究科改組により大学院人文社会科学研究科(修士課程)、平成十四年には大学院地域社会研究科(後期三年博士課程の独立研究科)が設置された。
 国立大学の法人化に伴い、平成十六年四月からは「国立大学法人弘前大学」によって設置された弘前大学として新しいスタートを切った。これまでの国の行政機関という位置づけにかわって、独立した法人格を付与され、予算や組織等の規制は大幅に縮小し、自律的な運営が確保されることになった。弘前大学のモットーである「世界に発信し、地域と共に創造する弘前大学」を継承し、その実現に向けて、教育、研究及び地域貢献を展開することを目標としている。

写真212 医学部キャンパス全景