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資料ID B-8
管理記号
タイトル B-8 社会福祉事業
タイトル(カナ) シャカイフクシジギョウ
タイトル(ローマ字)
タイトル関連
タイトル関連(カナ)
タイトル関連(ローマ字)
欧文タイトル
タイトルに関する注記
作成者 日本赤十字社
作成者(カナ) ニホンセキジュウジシャ
作成者(ローマ字)
宛先
宛先(カナ)
宛先(ローマ字)
製作者
製作者(カナ)
製作者(ローマ字)
作成年月日
作成年月日終
組織歴・履歴
編成方法 JRC15 福祉
1シリーズからなる。
来歴 日本赤十字社の社会福祉事業のなかで作成、収集、蓄積された記録の一部が赤十字情報プラザで取得、管理され現在に至る。社会福祉事業に関係した日赤関係者から寄贈されたものも含む。
来歴(英語)
関連する記述
内容 赤十字情報プラザには、日赤が第二次世界大戦より以前に取り組んだ、今の社会福祉事業につながる活動に関する文書があり、その主なものとして、虚弱児童(当時の表現。結核などによる療養が必要な児童)の夏季保養所事業が含まれる。

日本赤十字社の社会福祉事業の先駆けは、明治40(1907)年の第8回赤十字国際会議で「結核の予防撲滅に参加すべき決議」に基づき、明治44(1911)年に結核予防撲滅事業を社業に位置づけたことが始まりである。大正2(1913)年に「結核予防撲滅準則」を定め、児童の健康増進を目指し、結核予防撲滅の一助として短期養護事業を開始した。大正3(1914)年に京都支部が天橋立海岸で虚弱児童を対象にした夏季保養所を開設し、約50人を受け入れた。大正11年には15支部17か所で約2000人の虚弱児童を養護した。大正10(1921)年7月、日赤長野県支部が、虚弱児童の保護のため、児童健康相談所を長野県支部管轄の赤十字病院内に開設した。大正14(1925)年、千葉県支部が特別養護教育機関である冨浦海浜学校を設立するなど、児童の健康増進に尽力するようになった。

なお、福祉施設としては、昭和9(1934)年、東北地方の冷害による大凶作のため、困窮する農民が続出した際、岩手支部が盛岡赤十字病院内に開設した乳児院が日赤では最初である。その後、時代の要請に応じて、児童福祉施設、老人福祉施設、障害者福祉施設、複合型施設を運営するようになった。

参考:日本赤十字社編『日本赤十字社史稿』、日本赤十字社。日本赤十字社デジタルアーカイブズ。
内容(英語)
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目録ID ct10020800000000
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