川中島の戦いと伝承

中世にたびたび戦乱の舞台となった長野市域ですが、その中でも最も広く知られているのが甲斐国(山梨県)の大名・武田信玄たけだしんげんと越後国(新潟県)の大名・上杉謙信うえすぎけんしんによって繰り広げられた川中島の戦いです。信濃支配を進めていく武田信玄と、それによって領地を追われた北信濃の領主(国衆)を支援する上杉謙信との間で、約10年で5度にわたって合戦が行われました。
 特に激戦となった永禄4(1561)年の八幡原の戦いでは、信玄と謙信が一騎討ちをしたとも伝えられています。また、信玄の弟である武田信繁のぶしげや家臣の山本勘助が討ち死にするなど多数の戦死者を出し、市域には彼らを弔うための寺院や墓所、首塚など関連する史跡が残されています。
 合戦から450年以上が経過した現在でも、全国から多くの人々が川中島古戦場史跡公園を訪れており、ゲームやマンガ、アニメの中で、信玄と謙信は戦国時代を代表する人物として幅広い年代に親しまれています。川中島の戦いと信濃の武士をめぐる「物語」は人々の心をきつけてやみません。

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