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(一一八)茜屋吉松

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 茜屋吉松は後に宗休と號した。茶湯に精しく、堺神明町六間筋に住した。(數寄者名匠集)【所有の名器】家に木野邊肩衝弦付茶入牧溪筆鷄の繪斷江の茶碗、(堺鑑下)無鏑花缾、(全堺詳志卷之下)其他寅申の壼を所藏した。寅申とは、天王寺から出た壺の意味である。天王寺の市は寅申の日に立つ故に、斯く名付けたもので、六斤八つ入りであつた。(堺鑑下)