ビューア該当ページ

(一四九)近藤隆昌○魯溪

298 ~ 298 / 897ページ
 【文溪隆昌の男】近藤隆昌諱は文昇、初名を隆二と稱し、魯溪と號した。(墓誌)【堺奉行所附となる】華溪を祖父とし、文溪を父とし、醫業を繼ぎ、又堺奉行所附となり、帶刀を允された。其診療を乞ふものは良賤を分たず、良醫の名高かつた。【墓所】文政十年五月五日三十四歳を以て歿し、靈法寺先塋の次に葬つた。法諱を覺法院明道魯溪居士といふ。(墓誌)