妙光寺は義弘山と號し、【位置】南旅籠町東三丁字農人町にあり、日蓮宗妙顯寺末、寺格平僧跡。【沿革】應永中大内義弘創建し、山號は之に因んだものであるといふ。慶長年間以要院日普(慶長三年四月三日示寂)の時改宗した。故に日普を開基としてゐる。其際當所に移轉し、舊址を妙光寺町(現南旅籠町東一丁)と稱した。(社寺明細帳)【本尊】本尊は一塔、兩尊、日蓮で、(妙光寺調査書)【堂宇】本堂、庫裏、書院、鐘樓、門、門番所の外に妙見堂あり、境内は五百九十五坪。(社寺明細帳)【義弘石棺の傳説】傳へて大内義弘戰死後舊寺址乾方に石棺を祕し、墳墓を築いたが、同家滅亡後廢頽に歸したと云ふも、(堺大鑑)確證はない。當寺亦俗に水の寺と呼び、【名井】境内に妙光寺井の名水がある。(全堺詳志卷之下)