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英雄詞曲「ユーカラ」を巡って

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 エゾは人種的な違い、すなわちアイヌとして意識されたことの表現であることについては既述したが、アイヌ民族としての社会はいつ形成されたかについて、まずアイヌ自身の語る英雄詞曲ユーカラについて考えてみたい。
 アイヌ民族にはすぐれた口承による物語文学がある。これは謡われる韻文の物語と、語られる散文の物語に分けられるが、韻文のものは、さらに自然神を主人公とする「カムイユカル」と人格神を主人公とする「オイナ」(聖伝)と人間の英雄を主人公とする「ユーカラ」の三種類に分類できる(アイヌの神謡)。
 そのうち、人間の英雄を主人公とする、いわゆるユーカラ(英雄詞曲)には数種類のものがあるが、いずれもただ主人公の名が違うだけで、物語の筋も謡い方も大同小異、その中で「クトネシリカ」(金田一京助は虎杖丸と訳す)を例にとると、トメサンペチ川が大きく紆曲して流れるほとりのシヌタプカの山城に、(アイヌ自身は、石狩川の川口に近い浜益近辺だろうと理解―榎森進ユーカラの歴史的背景に関する一考察」)ポイシヌタプカウンクル、あだ名を「ポイヤウンペ」(若い本土びと)と称する少年英雄がおり、この少年は幼くして父母を失い孤児として一族の者に育てられ、長じて異民族との間に壮烈な幾多の戦闘をくり返し、敵中に美少女を得て故郷に凱旋するという物語の民族的叙事詩で、少年英雄の行った戦闘の数によって幾段にも分かれ、多くの挿話を含んだ長大なものである。この物語は文字によらずユーカラクル(ユーカラを謡う人)によって伝承されてきたものである。
 この英雄詞曲ユーカラの歴史的背景について、知里真志保は、物語を総じて「ヤウンクル」(内陸の人)と「レプンクル」(沖の人)との戦いで、「レプンクル」の中には「サンタ」(山丹人)も出てくるのに対して、英雄たちはヤウンクルで「イヨチびと」「イシカリびと」「チュプカびと」「レプンシリびと」というように、支配する土地の名を負うているが、それらの土地はオホーツク式土器の出るオホーツク文化圏内の土地を指しており、北海道の日本海岸の中部から、オホーツク海岸の各地に橋頭堡を確保して住んでいた「レプンクル」(渡来の異民族)との民族的な戦争の物語で、共通の敵に対する団結を通して同族意識を高揚・自覚し、後世のアイヌ民族形成の地盤がつくられていったとするのに対して、いろいろ異論は出ているが、榎森進は「ユーカラの主要テーマになっているレプンクルとヤウンクルの闘いは、歴史上におけるオホーツク文化人をはじめとする北方諸集団と擦文期のアイヌ社会との抗争・矛盾関係が投影されたものと理解できる。」としている。