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大政翼賛運動と町村行政

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 北海道一、二級町村制は、昭和十八年三月二十日布告の市町村制の改正にともない六月一日に廃止され、北海道にも府県と同様な自治制度が初めて適用されることになった。ただしこの時の改正は、翼賛体制下にあって政府及び市町村長の監督権限を強化する一方で、町村長も道庁長官の許可制となり、町村議会の権限も縮小されており、自治制度からは後退したものであった。また、従来の二級町村に関しては「指定町村」として制約を引き継ぐことになったが、助役の設置が認められるようになっている。
 大政翼賛運動の展開により、町村会も変化をみせるようになった。まず、後述の村常会が村治に大きな発言力をもつようになり、町村会の位置が低下をみせはじめていたことである。それと同時に白石村では十七年十月に翼賛議員会がつくられ、毎月二十二日に例会を開き「白石村是確立の諸案件を協議」していたように(北タイ 昭17・10・27)、村会とは別に議員会として大政翼賛運動の推進がはかられており、結果的には村会も大政翼賛組織の傘下に組み込まれていたのであった。それにより村会としての地域自治の確立も困難であったわけである。

写真-13 昭和3年に新築された白石村役場
昭和15年の写真で,「祈武運長久」の垂幕がみえる(現・白石区本通1丁目)

 翼賛議員会は琴似町でも組織されており、十七年八月二十八日の臨時総会では学校改築問題を協議していた。その結果、「町多年に亘る懸案も翼賛議員の協力に依り」解決したといい(北タイ 昭17・8・28)、本会議での審議の形骸化を招いていたのである。翼賛議員会はおそらく各町村で一様に創設されていたであろうが、ここには二重の町村会が形成されていたこととなる。