すなわちそれは「水田年貢ハ隣境地琴似学田地ハ畦畔ヲ控除シテ参斗五升、手稲学田地ハ参斗六升ナレバ、当藻岩村学田地モ、隣接地並ミニ畦畔ヲ控除シテ、四等玄米参斗五升」にしてほしいということと、その納入方法は、「納期ニ札幌市場ニ売リ得ラルル時価ニ換算セル金額トセラレ度」という点であった。
この要望に対し、藻岩村は全面的な拒否の態度で臨んだため、以後、翌十一年三月までに小作側は六通の嘆願書を提出するという事態となったのである。こうした状況下に開かれた三月三十日の第二回村会では、この学田地の小作料問題が「最も重要性を有するもの」となった。しかし、要求が容れられなければ小作調停法による調停申立てを辞さずとの小作側の態度に対し、村会の「空気は甚だしく強硬であって、一部議員の如きは断乎一蹴すべしとの主張をなした」(北タイ 昭11・4・1)のである。が、最後には五人の委員を選んで小作人代表三人と協議することとした。その際、学田地の所在する手稲村長が調停役として加わり、村側と小作側とで交渉の結果、次のような内容で合意するにいたった。①昭和十年度分小作料は延納を認め、十一年度分からは玄米四斗の金納とし、一反歩に付一五歩の畦畔を控除すること。②小作料納期は、その年の十二月十五日限りに改め、現在滞納中の小作料は小作人側においてすべて納入すること。
これを受けて十一年五月二十一日の第三回藻岩村会では「土地賃貸規則」の改正と村有地賃貸料の改定がなされた。すなわち前者は、「土地賃貸規則」第四条第二項で、「水田目的ノ土地ハ毎年十二月十五日限リ」賃貸料を徴収すると改め、後者は「札幌郡手稲村字西野ニ於ケル村有地内水田賃貸料」を、昭和十一年度以降次のように改めるというものであった。
一 | 、賃貸料ハ、年額一反歩ニ付玄米四斗ヲ時価ニ換算シタル金納トス |
二 | 、前項時価ハ、其年十二月一日ニ於ケル小樽米穀取引所公定相場ヨリ琴似小樽両駅間ノ鉄道貸切運賃及積込積卸料金ヲ控除シタル一石当価格トス |
三 | 、賃貸料総額ハ、現在貸借契約田面積ヨリ一反歩当リ平均十五歩ノ畦畔ヲ控除シテ算定スルモノトス |
四 | 、新ニ造田シタル場合ノ畦畔控除率ハ、前項ニ依ル (藻岩村 村会決議書 昭11) |