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児童健全育成事業の一環として

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 札幌市は「地域ぐるみ子供健全育成事業」によって留守家庭児童が救済されない現状や、保護者の負担格差是正を検討した結果、五十七年、留守家庭児童会共同学童保育所を地域における児童健全育成事業として位置づける「児童健全育成事業実施要綱」を定め、四月一日から実施した。同要綱では、同事業の目的を「放課後、保護者が就労などにより長期不在のため、適切な保護指導が受けられない小学校第一学年から第三学年までの児童を対象に、心身ともに健やかに育成するよう、適切な遊びや生活指導を行うこと」と明文化した。さらに、費用については、「保護者と行政が留守家庭の保護について共に責任を分かち合う観点から」、五十六年度まで無料であった留守家庭児童会と「それまで多額(一万円程度)の保護者負担のもとで児童育成に当たっていた民間共同学童保育所を一元化して保護者負担の格差是正と不公平是正」(昭和58年度札幌市社会教育事業概要、十五期小史)を図るとした。この事業の実施にあたっては、留守家庭児童会学童保育所を児童育成会に移行し、児童育成会を総括する児童育成運営委員会(住民団体、民生・児童委員、青少年育成委員、小学校PTA・校長の各代表者、父母代表者からなる児童育成会代表者、行政関係者で構成)を開設し、学校施設方式と民間施設方式を採用した。同運営委員会は学校方式の運営や会費の徴収を行う一方、民間施設方式には一定の助成を行った。学校方式では保護者の会費を所得階層区分(三区分)の有料制とし、民間施設の学童保育には児童数に応じて運営費、家賃、指導員の通勤手当などを五割補助するとした。このようにして児童健全育成事業の名の下に、札幌市の留守家庭児童会の基本システムが確立した。
 一方の父母側からは、「有料化に反対する市民の会」による不払い運動(五十六年)なども起こったが、五十九年二月十三日、「新規児童健全育成事業の拡充・発展のために関係双方が誠実に責任を負う」という趣旨の『申し合わせ事項』が、「学保連」と市教委との間で交換され(はばたけ学童っこ)、不払い運動も終結し、正常化した。
 六十年には「共保連」と「父母連」は発展的に解消し、札幌市学童保育連絡協議会(「市連協」)に一本化され、六十一年に市へ「学童保育事業の拡充を求める」陳情(約二二万筆)を提出した(はばたけ学童っ子)。また、六十二年に市が、留守家庭児童会は、児童会館における「児童クラブ」で行うとの構想を樹立し、新たに児童クラブを開設した小学校区内の民間学童保育所に対する補助を二年で打ち切る方針を出したことから、「市連協」からは「児童クラブ学童保育として条件整備を」要求する陳情も出され、六十三年に議決した。陳情・請願の第三のピークの時期である。さらに全国レベルでは、学童保育の制度化を求める請願が国会に出され、六十四年には政府にも要望書が提出されるなど、後の法制化実現に結びつく運動がこの時期に展開された。この間にも人口増加による札幌の大都市化が進み、新興住宅地と団地では民間共同学童保育所の良さを求めて共同学童保育所が増え続け、五十七年に三四カ所であったのが六十一年度に六〇カ所に、最盛期の平成二年には六七カ所にも達した。