[解説]

養蚕往来
東御市文化財保護審議会 寺島隆史

 江戸時代に寺子屋で使われた初歩の教科書類を往来物といいますが、中には各種の仕事に関する指導書もありました。養に関しては江戸時代には100種にも及ぶという多数の技術書が出版されています。そのような状況の中で著わされた養業についての往来物であるためでしょう、職業に関する一般の往来物が初歩の技術指導書であるのに比べて、本書はかなり専門的な内容になっています。刊行は嘉永3年(1850)、京都の藤岡屋慶次郎によるものでした。
 はじめに、は天下の名虫で、天の虫とも神の虫とも言われる聖なる虫でもあり、清浄を第一とし、夫婦はもちろん家内一同使用人まで言葉を乱さず睦まじく、神がその家に来ているように心得て、身を慎むことが肝要と、養にあたっての精神的な心構えを述べていることが印象的です。
 蚕種(蚕卵)の購入にあたってのよしあしの見方、掃き立て(孵化)以降の「獅子」「舟」などの発育段階に応じての給桑温・湿度の調節、鼠害予防など養全般にわたって、こと細かに述べています。養は、生き物それも繊細な性質の虫の飼育であり、よい繭をとるには片時も気を抜くことはできなかったわけですが、本書は次のように結んでいます。
 すべて絹織物はみなからできるもので、全く天より与えられて世を助ける品であり、おろそかにする道理はない。養の中(あたり)・違(ちがい)は、養者次第と心得て大切に対応すれば、自然と天の摂理にかない、その家は永久に栄える。