戸田市史ある記マップ
上戸田コース
- スタート
- 戸田市役所 案内板
- ゴール
- 上戸田氷川神社
- 距離
- 約4.9km
戸田市の行政をつかさどる戸田市役所を出発するコース。戸田市内で初めて発見された鍛冶谷・新田口遺跡や、旧羽黒山ゆかりの文化財がある上戸田氷川神社などを巡る。
- 1.戸田市役所 案内板
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- 1.0km
- 2.光明寺
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- 0.6km
- 3.海禅寺
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- 1.5km
- 4.多福院
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- 0.7km
- 5.鍛冶谷・新田口遺跡(新田口公園)
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- 0.2km
- 6.新曽沖内の馬頭観音像
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- 0.3km
- 7.地蔵菩薩座像
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- 0.6km
- 8.上戸田氷川神社
1戸田市役所 案内板
戸田市の行政の中心である。市内の案内板がある。
2光明寺
蕨の三学院の末寺。本尊は阿弥陀如来。境内には地蔵菩薩が安置されている。現在の光明寺一帯は戸田城(蕨城)の城址であったとする説がある。
3海禅寺
瑞光山と号す。開山は鎌倉建長寺十一世大通禅師で、その後、戸田城主桃井中務少輔直和の菩提所となったと伝えられる。近代になると、明治10年(1877)に、この海禅寺を教場として上戸田学校(現在の戸田第一小学校)が開校している。
4多福院
亀宝山能満寺と号し、開基は桃井中務少輔直和、開山は定顕という僧であると伝えられる。伝承によると、江戸の正保(1644~1648)頃までは荒川の岸辺にあったが、幾度かの洪水により現在の地へ移ったといわれている。
5鍛冶谷・新田口遺跡(新田口公園)
6新曽沖内の馬頭観音像
馬頭観音は観音菩薩の化身で、六観音の1尊に数えられている。江戸時代になると、馬の供養や守り神として信仰され、石仏・石碑として造立されるようになる。現在でも地元の方が年に2回ご開帳し、観音講を行うなど、石像だけでなく地域の馬頭観音信仰も今日に伝えられている。
7地蔵菩薩座像
文化15年(1818)に造られたもので、江戸時代後期のものとして大変優れた彫刻である。作者は、旧下戸田村の石工・秋本金次郎である。また、銘によると新曽観音寺の僧隆賢の指導のもと、沖内の女講中の助成により造立されたことがわかる。