西洋の初期印刷本 ~インキュナブラ~
インキュナブラとは、1454/1455年頃のグーテンベルクの『42行聖書』から1500年末までにヨーロッパで出版された活版印刷術の黎明期の刊行本を指します。
インキュナブラという言葉はラテン語incunabulumの複数形incunabulaで「揺りかご」という意味から転じて「出生地」「初め」を意味します。日本では「揺籃期本」とも称されています。

アウグスティヌス『神の国』
ローマ時代末期の教父で思想家のアウグスティヌスの大著。西欧の国家論・歴史哲学理論の形成に大きく寄与しました。本書は1468年にヨハン・メンテリンによって印行されたインキュナブラです。

トマス=アクィナス『神学大全』
13世紀イタリアの最も有名な神学者トマス・アクィナスが晩年に書いた代表的著作です。本書はマインツのペーター・シェファーによって1471年に印行されたインキュナブラです。

ユスティニアヌス『法学提要』
東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の皇帝ユスティニアヌス1世が当時混乱していた法律を統一整備するために編纂させたもの。533年11月21日に施行されました。法学校の1年次生のための教科書としても使われました。

エウクレイデス『幾何学原論』
1482年に刊行された最初の印刷本。今日でも世界中で使われている世界最古の数学テキストです。
聖書に次ぐベストセラーとして中世ヨーロッパをルネサンスに導いた書物、また論理を組み立てる模範となった書物といわれています。

ヒュギヌス『天文詩集』
ヒュギヌスは紀元前後にローマで活躍した作家。アウグストゥス帝の奴隷としてローマに連れてこられましたが、学識の高い人物で、やがて奴隷の身分から解放され、パラティウム図書館長に任命されました。
本書は、古代ギリシアのエラトステネス系統に属する天文学についての諸理論と、それぞれの星座をめぐる神話と伝説が語られており、十二宮など天体図を描いた47枚の木版画も見応えがあります。ラトドルト社が初版(1482年)で製作依頼した木版画の星座の位置は、本書でヒュギヌスが説明したものや実際の星座の位置とは違っているものの、その後の多くの版の星座図の原型として利用されました。
エラトステネスは地球の大きさ(全周)を初めて測定し地球が球体であると科学的に見出した人物で、約46,000km(実際の値は40,000km)という当時の精度としては驚異的な値を示しました。

ダンテ『饗宴』
ダンテ・アリギエーリは13世紀から14世紀のイタリアの詩人・政治家。イタリア最大の詩人にして、古代ギリシア文学のホメロス、ラテン文学のウェルギリウスと並ぶヨーロッパ最大の叙事詩人。フィレンツェの小貴族の家柄に生まれましたが、政変によって祖国を追放され、イタリア各地を放浪する亡命生活を送り客死しました。キリスト教精神の理想を高く掲げた不滅の古典とされる叙事詩『神曲』は、中世の精神を総合しルネサンス文学の先駆となりました。ダンテの文学が後世へ与えた影響は絶大なものがあり、ブレイク、T・S・エリオットなど英語圏の著名な詩人や作家に影響を与え、日本でも明治以来、上田敏、森鴎外をはじめ、多くの文学者たちがダンテの文学に注目し、かなりの数の翻訳と紹介が行われてきました。
『饗宴』は、『神曲』の執筆前、亡命生活初期の1304から1307年頃に執筆されたと推定されています。当時、文学作品はラテン語で書かれるのが一般的でしたが、『饗宴』はイタリア俗語で書かれています。構想では、知の饗宴とも呼ぶべき百科全書的性格の15篇からなる膨大な作品になる予定でしたが4篇のみで未完に終わりました。カンツォーネ(詩)が冒頭に置かれその注釈が書かれる形式を取っています。
インキュナブラとして現存する『饗宴』は、1490年版が唯一であるといわれていますが、所蔵本はそのうちの1冊です。

ハルトマン・シェーデル『ニュルンベルク年代記』(インキュナブラ)
ニュルンベルクの人文学者ハルトマン・シェーデルが、聖書をもとにして世界の歴史や地理に関することを年代順に記述した大冊。インキュナブラと呼ばれる15世紀後半に作られた最初期の印刷物のなかでも、多数の細密な挿画で有名な貴重資料。1,800に及ぶ挿画や地図がありますが、実際に使用された版木はその三分の一あまりで、人物の肖像や小都市の画は同一の版木を数度流用しています。ラテン語版の他にドイツ語版も同時に刊行されています。本学所蔵本はラテン語版。

ヤンブリコス『神秘について』
3世紀半ばから4世紀前半の新プラトン主義哲学者ヤンブリコス(イアンブリコス)が、カルデアやアッシリアの魔術について纏めたもの。本書は1497年に刊行されたインキュナブラです。