ゴロウニンの釈放

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 以上にして松前奉行は、ロシア側の謝罪を諒とし、文化10年9月26日、リコルド沖ノ口番所に招き、ゴロウニンら一同を引渡すとともに、通商は国法で厳しく禁じている旨をさとし、左記の諭書を渡し、帰国の上これをロシア政府に提出するよういい渡した。
 
    松前奉行より可申諭
我国むかしより、其国と仇もなく怨もなし。其国の船蝦夷の島を乱妨せしによりて、我国にても守備を設け、くなじりにて、其国の者どもを捕へたり。推問する及んで、先年乱妨を致せしは、其国役人の知らざる所にて、海賊の所為なりという。然れどもいまだ信用にたらず、此度其地の役人より書を贈りて其証をあらはし陳謝する所、我を欺ざるを知れり。此故にわれも又疑念を散じて、ここに其国の者どもを帰し、互に憾を遺さず。抑外国とあらたに通信通商を議する事は、我国の禁にして、許さざる事、往年其国より長崎に来れる時、委しく暁諭せしが如し。我国の浦々はいうに及ばず蝦夷島々においても、異邦の船見ゆる時は、銃丸を以て打払う事、是我国の掟厳にして違う事なし。されば此度の事に託して、通路を求めんとして推して来るとも、益なくして過ちあるにいたらん。よりてあらかじめ諭し知らしむる所也
        文化十年九月廿六日
                  松前奉行(朱印)

 
 これは幕府の意図に基づいての諭書であるが、このほかに同日付で、松前奉行支配吟味役高橋三平・柑本兵五郎から、申諭すべき趣の文書も交付された。