開港以来一般に物価が騰貴した。それは世情の不穏、洋銀の輸入など種々の原因があるが、その主なるものは需要供給の変化で、当時、生糸、茶、雑穀などは盛んに横浜から輪出されたため、在荷品が欠乏して価格を上昇させ、ひいては他の物価にも影響し、ついに全国的な物価騰貴をみるに至った。ことに箱館では、昆布その他の輸出品が著しく騰貴したことは前述の通りであるが、また一方外国軍艦などが入港すると、一時に多量の物品が購入されて品不足を生じ、市中の物価はたちまち値上がりした。それがため昆布産地の請負人や市中商人などは一時的な好況によって利益を得、杉浦嘉七、小林重吉、佐野孫右衛門など、いずれもこの時代に資産を築きあげた人々であったが、これにひきかえ市中庶民の生活は、むしろ苦しくなったといわれている。