浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ

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浜松の歴史をデジタルで保存(ほぞん)された資料(しりょう)から見てみよう!

浜松市文化遺産(ぶんかいさん)デジタルアーカイブとは

浜松市立図書館(としょかん)・浜松市博物館(はくぶつかん)・浜松市美術館(びじゅつかん)がもっている浜松市の歴史(れきし)の資料(しりょう)をデータにしてあります。

インターネット上で、大きくすると細かい文字や絵までよく見えるようにできます。また、ことばで調べられるシステム「検索閲覧(けんさくえつらん)システム」が使えます。

浜松市文化遺産(ぶんかいさん)デジタルアーカイブではなにがみられるの?

調べ方

・トップページの上にある
検索フォーム
に調べたい言葉を入れて、検索ボタンを押します。

・検索(けんさく)の結果が表示(ひょうじ)されます。

検索ボタン
  • ①いろいろな条件(じょうけん)で、検索結果を絞(しぼ)り込(こ)めます。
  • ②検索結果の表示方法を変えられます。
  • ③一度に表示する件数(けんすう)や、表示する順序(じゅんじょ)を変えられます。

資料の紹介

浜松市文化遺産(ぶんかいさん)デジタルアーカイブではたくさんの資料(しりょう)が見られます。いくつかあーちゃんと一緒にみてみましょう。

あーちゃん
あーちゃん
職員
職員

鹿(しか)の骨(ほね)の3Dデータ

職員

浜松市博物館(はくぶつかん)がある蜆塚遺跡(しじみづかいせき)で見つかった縄文時代(じょうもんじだい)の鹿(しか)の腰(こし)の骨(ほね)だよ。
大きくしてみると、何が分かるかな?

あーちゃん

黒いものが刺さっているよ。動かしてみると後ろまで刺(さ)さっている!

職員

これは、石でできた矢(や)じりだね。
縄文時代(じょうもんじだい)の弓矢(ゆみや)が骨(ほね)に刺(さ)さるほど威力(いりょく)があることが分かるよ。

鹿(しか)と馬(うま)の埴輪(はにわ)の3Dデータ

あーちゃん

かわいいね。これは何?

職員

浜松市内から出た動物の埴輪(はにわ)だよ。
自由に角度を変えて見られるよ。ぐるぐる回してじっくり見てみよう。

あーちゃん

後ろ姿(すがた)はどうなっているのかな。

職員

どうして動物の形の埴輪(はにわ)をつくったと思う?考えてみよう。

あーちゃん

鹿(しか)は何で後ろを向いているの?

職員

何かの気配(けはい)(狩人(かりうど)?)を感じて振(ふ)り返っているよ!

次は、本物の埴輪(はにわ)に会いにいこう

鹿(しか)の埴輪(はにわ)は、市民ミュージアム浜北、馬(うま)の埴輪(はにわ)は、浜松市博物館(はくぶつかん)で見られます。

徳川家康関連資料(とくがわいえやすかんれんしりょう)

「徳川十六将図(とくがわじゅうろくしょうず)」

あーちゃん

徳川家康(とくがわいえやす)の資料(しりょう)もたくさんあるね。
たくさんの武将(ぶしょう)が並(なら)んでいる絵が、いくつもあるけどこれは何?

職員

「徳川十六将図(とくがわじゅうろくしょうず)」と呼(よ)ばれるもので、徳川家康(とくがわいえやす)と家臣(かしん)(家来(けらい)のこと)が書かれているよ。何種類(なんしゅるい)もあるので、違(ちが)いを見比べてみると楽しいよ。

あーちゃん

三方ヶ原(みかたがはら)の戦(たたか)い、知っている!浜松で、徳川家康(とくがわいえやす)と武田信玄(たけだしんげん)が戦(たたか)ったんだよね。場所(ばしょ)はどのあたりなのかな?

「合戦絵図(かっせんえず)」

職員

三方ヶ原(みかたがはら)の戦(たたか)いは有名(ゆうめい)だね。実(じつ)は、家康(いえやす)が信玄(しんげん)に負(ま)けちゃったのだけど、たくさんの伝説(でんせつ)が残(のこ)っているよ。
実際(じっさい)の戦(たたか)いの場所(ばしょ)はどこなのかは、いろいろな考え方があるよ。
 浜松市文化遺産(ぶんかいさん)デジタルアーカイブにもいくつかの三方ヶ原(みかたがはら)の戦(たたか)いの絵図(えず)があるので、じっくり見てね。
 今と同じ地名があるから、探(さが)してみよう。
 「徳川十六将図(とくがわじゅうろくしょうず)」で見た武将(ぶしょう)の名前を見つけられるかな?
 三方ヶ原(みかたがはら)の戦(たたか)いは、人気のテーマなので明治(めいじ)になって歌舞伎(かぶき)になったり、錦絵(にしきえ)になったりしたよ。

「元亀(げんき)三年十二月味方ケ原(みかたがはら)戦争之図(せんそうのず)」

職員

これはだれとだれが戦(たたか)っているところか分かる?

あーちゃん

もちろん徳川家康(とくがわいえやす)と武田信玄(たけだしんげん)!

職員

家康(いえやす)はどこにいるかな?
 信玄(しんげん)が持っているのは何かな?まわりにいる武将(ぶしょう)の名前も見てみよう。
 武田信玄(たけだしんげん)の家来(けらい)の絵(え)もあるから、これとも見比べてみるといいね。

「武田二十四将図(たけだにじゅうししょうず)」

職員

三方ヶ原(みかたがはら)の戦(たたか)いがテーマの浮世絵(うきよえ)や錦絵(にしきえ)は他にもあるよ。

あーちゃん

そういえば、三方ヶ原(みかたがはら)の漢字(かんじ)がいくつもあるね。

職員

今は「三方原(みかたはら)」と書くけど、昔は見方が原(みかたがはら)、三方ヶ原(みかたがはら)、味方ヶ原(みかたがはら)などいろいろな漢字(かんじ)が使われてたんだよ。面白いでしょ。

浜名湖変遷(はまなこへんせん)

職員

次は、地震(じしん)や津波(つなみ)についての資料(しりょう)を見てみよう。

あーちゃん

災害(さいがい)については4年生で勉強したよ。

職員

最初(さいしょ)はこの図から。この2枚は同じ場所(ばしょ)だけど、何が違うかわかる?

絵図を重ねて見る

※スライダーを動かすと(その2)が(その1)に重なります。

あーちゃん

道は一緒だね。一枚目の方が、水の部分が大きいかな。

職員

地震(じしん)によって津波(つなみ)が来たときと、津波(つなみ)が引いたときの図なんだ。江戸時代(えどじだい)の安政大地震(あんせいおおじしん)で気賀(きが)の辺りに津波(つなみ)がきたことを描(えが)いているよ。
他にも舞阪町(まいさかちょう)の津波(つなみ)の様子(ようす)が描(えが)かれている絵図(えず)があるよ。

あーちゃん

島みたいになっている!

職員

絵図(えず)には、舞坂宿(まいさかしゅく)に三丈(さんじょう)、9mほどの波が迫(せま)ってきて、人々は氏神之山(うじがみのやま)(岐佐神社(きさじんじゃ))と宝登山(ほうとうざん)(奉灯山)に逃(に)げた、と書かれているよ。大きくしてみると神社(じんじゃ)に人がたくさん描(か)かれているのが分かるかな。〇が人の頭を表(あらわ)しているんだよ。
他にもだんだん絵を重(かさ)ねていく、浜名湖(はまなこ)の今切(いまぎれ)が地震(じしん)や高潮(たかしお)などで変わっていく様子(ようす)を描(えが)いた絵図(えず)もあるんだ。

今切変遷図

※白い矢印はめくる方向です。

絵図をめくってみよう!

※スライダーを動かすと絵図をめくって見ることができます。

くわしい解説を読む

あーちゃん

鎌倉(かまくら)時代の図は、今と全然(ぜんぜん)違(ちが)う。

職員

どんなふうに変わっていったのか、じっくり見てね。

調(しら)べるために、他にこんなサイトもあるよ