昭和38年(1963)度

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65シーズン目

【協会】 専務理事に西野綱三が就任 専務理事が川津尚彦から西野綱三に交代した。/日本協会35周年記念式典 日本協会は9月24日に35周年記念式典を秩父宮で行い、記念祭、慰霊祭、功労者の表彰等を行った。記念出版として『日本ラグビー史』(本領信治郎執筆)の刊行を決定し昭和39年11月20日に出版された。/関東大学スケジュール、対抗戦形式に戻る 関東協会では監督会議を開き、スケジュール問題を検討した結果、関東大学A・Bブロック制を廃止、14大学を一本化して義務試合を含む対抗戦に戻すことを決めた。
【代表】 日本代表第2回のカナダ遠征 戦後初めて日本代表カナダ遠征が実現した。日本代表は団長葛西泰二郎、副団長金野滋、主将青井達也他24名の選手で編成された。監督は置かず主将が代行する方式を取った。「日本ラグビーに不足勝ちであったキャプテンシーの確立を打ち立てようという試みである」(金野滋『機関誌』Vol.12-4号P3)と書かれている。成績は第4戦のテストマッチに33−6で勝つなど4勝1敗の好成績であった。
★221963.4.13日本代表33−6カナダBC州代表ブロンクトン・ポイント

【選手権】 第1回日本選手権大会は同大が優勝 10月4日日本協会はNHK杯を発展的に解消して日本選手権大会への移行を決定した。第1回の日本選手権は大学2、社会人2チームでトーナメント形式を採用することを決定した。大学は関東No1の法大、関西同率優勝の同大、社会人は優勝の八幡と準優勝の近鉄が推薦され、準決勝同大18−11八幡、近鉄18−6法大、決勝で同大近鉄に18−3で勝ち初代日本一に輝いた。
【大学】 第35回東西大学王座 法大同大の対戦なく王座預かり。同率優勝の関西大は10−17で法大に敗れている。/関東は法大が優勝 第34回関東大学対抗戦は7勝1分で法大が4年ぶり2回目の優勝を果たした。/関西大学リーグ設立 関西協会は関西大学対抗戦をリーグ戦形式に変更、A・B・C3部制とした。第35回関西大学リーグ戦Aグループは同大(6年連続17回目)と関西大(1回目)が5勝1敗で優勝した。/九州は福岡大が優勝 第13回九州大会は福岡大が14−0で鹿児島大に勝ち7年ぶり2回目の優勝を遂げた。/全早慶明ラグビー 大学ラグビーの人気回復と技術向上を期して、第1回全早慶明ラグビーがナイターで行われ、全明大が優勝した。全明大 15−10 全早大、全明大 35−5 全慶大、全早大 22−8 全慶大
【社会人】 八幡製鉄が連覇 第16回社会人大会は八幡が16−3で近鉄を破り2年連続10回目の優勝を飾った。/関東は秋が日野自動車、春は三井精機と松戸自衛隊が双方優勝 第4回関東社会人は日野自動車が10−0で谷藤機械を倒して秋季大会で初優勝、春季大会では三井精機と松戸自衛隊が5勝1分1敗で初優勝。/関西は近鉄が6連覇 第6回関西社会人Aリーグは近鉄が3戦全勝で6連覇。
【地域】 第17回三地域対抗は3すくみで優勝預かり。/第18回学生東西対抗は16−9で関東の16連勝。/第14回朝日招待は九州代表が24−11で法大を破った。
【その他】 大学大会は岩手大と大阪学芸大が双方優勝、高校は保善高が優勝 第14回全国大学大会は岩手大が0−0で大阪学芸大(現大阪教育大)と引き分けて双方優勝。第43回高校大会は保善高専大京王高との2度目の東京決戦を6−3で制して2年ぶり4回目の優勝を果たした。/国体は成年福岡、少年は東京と神奈川、教員は愛知が優勝 第18回の山口国体は宇部市と山口市で開催され、成年で福岡県(八幡製鉄)が33−10で埼玉県(三井精機)を下し4連覇を遂げた。少年Aでは東京都(保善高)が14−9で秋田県(秋田工)に勝ち、Bでは神奈川県(慶応高)が12−3で山口県(山口農)に勝ち優勝を遂げた。教員の部は愛知県が13−8で大阪府を下して優勝した。
【国際】 5月、日体大韓国遠征(4勝)。