長野県立歴史館 信濃史料

「信濃史料」 巻二十一 (300頁~)


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天皇 年月日 西暦 記事
後水尾慶長一八年1613幕府、越前北庄城主松平忠直の家臣林忠定の罪科あるに依り、之を真田信之に預く、300
後水尾慶長一九年正月一日1614建仁寺住持慈稽、古澗、上堂説法す、301
後水尾慶長一九年正月二日1614幕府謡初、小笠原秀政等、之に参列す、303
後水尾慶長一九年正月四日1614伊那郡虎岩村肝煎彦右衛門・勘右衛門、各の年貢高を記す、304
後水尾慶長一九年正月五日1614真田信之、恩田仁介に、上野吾妻郡内に於いて知行を与ふ、305
後水尾慶長一九年正月六日1614真田信之、出浦対馬守・大熊勘右衛門をして、上野沼田及び吾妻郡のことを沙汰せしむ、 信之の出浦対馬守宛書状305
後水尾慶長一九年正月一一日1614真田信之、上野平川戸に伝馬条目を頒つ、308
後水尾慶長一九年正月一八日1614幕府、松平忠輝の居城を越後福島より同国高田に移さんとし、その城普請を真田信之等に命ず、309
後水尾慶長一九年二月四日1614伊那郡牛牧村等の百姓、榑木を引当に、千村預り領の蔵米を前借す、 伊那郡飯沼村の百姓等、久野九左衛門慰等より、蔵米を借用す、311
後水尾慶長一九年二月六日1614真田信之、小県郡大林寺に禁制を掲ぐ、321
後水尾慶長一九年二月九日1614小笠原秀政、筑摩郡保福寺宿の条規を定む、 信路、姓闕く筑摩郡塩尻宿より隣宿への駄賃を定む、322
後水尾慶長一九年二月一一日1614小笠原秀政、大日向重吉に、安曇郡滝沢に於いて知行を与ふ、323
後水尾慶長一九年二月一二日1614是より先、幕府、真田信之・仙石秀久等に越後高田城普請を命ず、是日、真田信之、出浦対馬守等に命じて、上野沼田より人足を出さしむ、尋いで、工を起す、 信之、羽田筑後守等をして、真田信吉の江戸邸造築用材及び人足を出さしむ、323
後水尾慶長一九年二月一九日1614是より先、美濃岩村城主松平家乗、山村良安に美濃竹折村兵右衛門女房の帰郷につき斡旋を依頼す、是日、家乗、卒す、328
後水尾慶長一九年二月二六日1614小笠原秀政の家臣光三郎左衛門等、伊那郡平沢勘右衛門等をして、同郡虎岩村の前年年貢を究済せしむ、328
後水尾慶長一九年1614筑摩郡筑摩社別当、同社神主の非分を小笠原秀政に訴ふ、329
後水尾慶長一九年三月七日1614小原弥次左衛門、松平忠輝の代官見崎喜兵衛より夫銀を請取る、331
後水尾慶長一九年三月一五日1614千村良重、慶長十年以後の間切勘定書並びに同十四年以後の榑木の算用状を幕府勘定所に指出す、 良重の、慶長十四年春出しの算用状332
後水尾慶長一九年三月二〇日1614小笠原秀政、安曇郡千手院に寺領を寄進す、338
後水尾慶長一九年三月二〇日1614総持寺五院、明年同寺第二代韶碩峩山、の二百五十年忌を行はんことを、佐久郡竜雲寺に告ぐ、同寺及びその近隣末派に、その料足の奉加を命ず、338
後水尾慶長一九年三月二八日1614伊那郡荊口薬師堂、成る、339
後水尾慶長一九年1614諏訪頼満、諏訪社上社御頭帳を記す、340
後水尾慶長一九年四月二日1614小笠原秀政、大和小兵衛を領内高出村等の代官となす、342
後水尾慶長一九年四月二日1614伊那郡多薗権現社、成る、343
後水尾慶長一九年四月五日1614伊那郡虎岩村、本年の年貢勘定目録を記す、344
後水尾慶長一九年四月五日1614伊那郡虎岩村、同郡飯田奉行所より借米す、 孫右衛門、平沢勘右衛門より蔵米を借る、346
後水尾慶長一九年四月八日1614仏誕生日、建仁寺大統院塔主慈稽、古澗、同寺住持東鋭利峯、に代つて、上堂説法す、350
後水尾慶長一九年四月一〇日1614安曇・筑摩両郡村高帳成る、 筑摩・安曇両郡郷村御朱印御高付帳、成る、351
後水尾慶長一九年四月一〇日1614仙石忠政、山城南禅寺金地院塔主崇伝以心、に書状を送る、尋いで、崇伝、之に答報す、381
後水尾慶長一九年四月一七日1614小県郡定津院住持英点、雪堂、同寺を英鷟、鸞峰、に譲る、381
後水尾慶長一九年四月二六日1614信濃の人下総古河城主小笠原信之、同国古河に卒す、382
後水尾慶長一九年四月二六日1614中井正清、木曽山材木奉行森川六右衛門等に、江戸城長屋門矢倉用材を注文す、385
後水尾慶長一九年五月一日1614小笠原秀政、領内代官に条規を示す、386
後水尾慶長一九年五月一日1614小笠原秀政、筑摩郡筑摩八幡宮に神領を寄進す、尋いで、同郡兎川寺に寺領を寄進す、387
後水尾慶長一九年五月三日1614真田信之、小県郡小林九右衛門より、年貢の金子を請取る、 信之、九右衛門より年貢の金子を請取る、387
後水尾慶長一九年五月五日1614小笠原秀政、筑摩郡青柳宿等の伝馬役の員数を定む、388
後水尾慶長一九年五月六日1614佐久郡小諸城主仙石秀久、卒す、尋いで、子忠政、嗣ぐ、394