近代・現代の大網白里

宮谷県庁跡画像

宮谷県庁跡

 約300年続いた徳川幕府が崩壊し、明治時代になると、本國寺に宮谷県庁が設置されました。明治4年、宮谷県は木更津県に統合され、明治6年には千葉県が誕生しました。
 明治には、産業面で米・繭・鶏卵等の農業生産が大幅に増加し、旧大網町は商業の中心地、物資の集散地として、また、江戸時代以来交通の要所として栄えました。明治29年房総鉄道が千葉~大網間に開通すると、さらに近代化への道を目指し、新たな町づくりに積極的に取組みました。
 大網白里市内には、四十八の大字(おおあざ)と呼ばれる地域が存在しています。大字はほとんどが江戸畤代から続く村々の名称でしたが、明治22年4月の町村制の施行によって山辺村、大網町、大和村、瑞穂村、増穂村、福岡村、白里村の七つの町村に再編されました。さらに、第二次世界大戦後の合併を経て、昭和29年12月1日に人口25,731人の大網白里町が誕生し、平成25年1月1日の市制施行によって人口51,135人の大網白里市となりました。年表を見る

旧千葉銀行大網支店

旧千葉銀行大網支店

宮谷県庁跡

宮谷県庁跡

元網主斉藤四郎右衛門家稲荷社

元網主斉藤四郎右衛門家
稲荷社

小中池公園

小中池公園

日立航空機大網地下工場

日立航空機大網地下工場

十枝の森

十枝の森