奈良・平安時代

掘立柱建物に役人や人、土器が並んでいる様子

解説

奈良時代から平安時代にかけて、律令制(りつりょうせい)と仏教による統一国家としての地方制度が整備されてきました。大網山田台遺跡群(今の季美の森地区)では、古代の寺院のあとが発掘されています。
また、この時期のたて穴住居の跡や掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)の跡が多く見つかっています。この時期の集落からは今の地名にもつながる「山邊」などの文字を墨で書いた土器が多く見つかっています。

どんなくらしをしていたのかな?

掘立柱建物
役人
貴族
土器

こんなものが見つかったよ!

子ども考古学教室について

この「子ども考古学教室」は令和4年5月~8月に行ったクラウドファンディングで47名の皆さまからのご支援を受けて作成しました。全国からご支援いただきました皆さま、ありがとうございます。
小学校6年生の社会科で活用できるような内容としています。大網白里市内の子どもたちがわかるように地名などを入れてありますが、その他の地域の方々も是非ご覧ください。 学校教育の授業等で活用する場合は、ご自由にお使いください。
なお、コンテンツの資料の写真やイラストを二次利用する場合は、大網白里市教育委員会生涯学習課のお問合せフォームにて、ご連絡ください。

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