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(二八)長源寺

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 長源寺永松山と號し、【位置】西湊町にあり、日蓮宗堺妙國寺末、寺格紫金襴跡。【開基】天文二十三年三位權大僧都妙國院日祝の開創である。(堺南北寺庵本末開基宗旨改帳、長源寺過去帳)第二世權大僧都日沾は、第三世日珖の師で、【日珖得度】日珖は當寺に於て得度し、後妙國寺の開山となつた。(長源寺過去帳)長源寺日珖自筆の己行記、佛心歷代師承傳等には、頂源寺とあり、何時頃から改めたか、又其理由も共に明かでない。妙國寺の過去帳にも此條項が記載せられて居る。舊北莊にあつたが、(佛心歷代師承傳)何時頃移轉したか明瞭でない。【本尊】本尊は日蓮大士で、【堂宇】本堂、庫裏、納屋、門の外に三光堂がある。境内百十坪を占めてゐる。(社寺明細帳)