このような中にあって興味を引くのは、ロシア産の種子が箱館奉行所よりもたらされていることである。これは黒麦、皮麦、小麻、蕎麦、豌豆、麻の六種・一二袋(黒麦・皮麦合わせて八袋、他は一袋ずつ)であり、それには詳細な『魯西亜之種物蒔付仕法』が添えられ、大友あてに「函府より相廻り其開墾地え蒔付候様申来候間」と、イシカリ役所から回付されている(大友亀太郎文書補遺)。仕法書には、黒麦のみ秋蒔き来夏に収穫、他の五種は春蒔き夏収穫と第一項で述べ、二項で三圃式農法の植栽を説きながら、以下三項で品種別に適性土壌から播種、育成、収穫ならびに食餌や利用の方法などが記述されている。
例えば食餌・利用の方法をみると、黒麦においては、藁は畜物の蓐または屋根葺、唐箕でふるった糠は畜物の飼料、実は製粉して「麪餅(パン)とす、此黒麦の麪餅ハ人身を養う事」とあったり、また皮麦は多く家畜の飼料に用い、黒麦不足の時は麪餅に用いるが粘質少なきをもって宜しからずとし、ただ細挽粉を一夜水につけ、溶けた粉を煮て攪拌少時にして「糊の如く相成を匙ヲ以てすくひ、油をつけて食すれハ、風味甚た美なり」などと記されている。さらに小麻の項には繊維を製する法を詳細に述べ、それは衣類の最上の織物となり、またこの古布をもって紙を製し、箱館奉行所においては平生の料紙ならびに板本の紙は皆これをもって製していると説いている。以上のようなロシア産種子は、蝦夷地に適合する寒冷地作物として、箱館奉行所の積極的な奨励によるものであったが、イシカリ御手作場におけるその成果については知りえない。
なおまた、箱館奉行所イシカリ役所より、同所備付けの牛、牝牡合わせて五頭を、イシカリ御手作場備付として引き渡すので、早々に受取人を差向けるべき旨の申入れがなされている。そして引き渡しの上は、「藩殖も可致御弁利之義ニも有之」、また「追々陸路相開候節ハ当方住返等ニも弁用可然存候」と、その取扱いは委任する旨も申し添えられている(大友亀太郎文書補遺)。