ビューア該当ページ

戦死者の葬儀

415 ~ 416 / 915ページ
 第二五聯隊の記録でもわかるように、赤坂山、二〇三高地での戦闘では多数の戦死者、負傷者が出ていた。続々と戦死者の遺骨、遺髪が届けられ、負傷者の帰還も相次いでいた。札幌支庁では明治三十八年一月に、(一)戦死者葬儀の事、(二)軍隊傷病者・遺骨等の送迎及其通報の事、(三)師団注文の裁縫物引受けの事、(四)軍人家族遺族に副業奨励の事を協議決定したが、そのうち(一)については以下のように取り決められた(北タイ 明38・1・15)。
、戦死者に対する葬儀は各町内戦死者或は隣接地町村戦死者分と可成的合同々時に挙行する事。
左の係を定め、長之を惣宰す。
 接待係、下足係、受付係、来賓係(男女各別にする事)、学校生徒係、有志係。
 式場、席次(着席の斡旋を掌る)、執行(弔詞・焼香の順序・通告の執行を掌る)。
、席次及弔詞捧読順序
席次 長官、勅任官、聯隊長、憲兵分隊長、支部長、警察署長、高等官(以上官等の順位による)、区長・町村長・戸長、
 学校教員・生徒、赤十字社員、愛国婦人会員、北海道尚武会員、体育会員、報効組合員、有志者。
弔詞捧読順序 席次に準す。
、式場、式の順序を掲記する事、各席の標札を付す事。

 また札幌奉公義会でも三十八年一月に、以下のような「戦死者の葬儀並軍隊傷病者・遺骨送迎に関する規定」を定めた(北タイ 明38・1・17)。
第一 遺骨送迎に関すること。
  一、遺骨到着するときは会員一同停車場まで出迎をなすこと。
  二、当区在住遺族にして遺骨の下付を受け当区へ到着の場合には会員一同豊平橋迄出迎ひ、又道庁を経て下付せらるゝものあるときは、前同様道庁迄出迎をなすこと。
  三、遺骨分配式は本会代表者をして之に参列せしむること。
第二戦死者葬儀に関すること。
  一、当区在住遺族にして葬儀を挙行する時は本会は其挙行に関し斡旋の労を取ること。
  二、葬儀挙行に関し斡旋する為め委員五名を置くこと。
  三、委員は式場の設備、会葬席順等葬儀一切に関する事項を掌ること。
  四、葬儀には会長、常置委員及び其他の会員会葬すること。
  五、葬儀には会長本会を代表して弔詞を朗読すること。
  六、本会は祭料として金十円を遺族に贈呈すること。
第三軍隊傷病者送迎に関すること。
  一、軍隊傷病者発着の際は本会員一同停車場に於て送迎すること。
  二、軍隊傷病者(当区在住者に限る)には慰問状及金二円を贈呈すること。
  三、軍隊傷病者には本会代表者をして慰問せしむること。

 ここでは国難に殉じた戦死者を官公署、学校、各団体を動員した「公葬」により〝英霊〟として丁重に祀るとともに、「公葬」の場を通じて銃後の「軍国体制」が現出されていることが指摘できる。