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市制建議案

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 このように地方自治のとらえ方がかみ合わぬ中で、札幌をはじめ函館、小樽の三区に市制を施行すべしという内務大臣宛の建議案が第一三回通常道会(大2)に提出された。提出したのは中谷宇吉(小樽区選出)、阿由葉宗三郎(札幌区選出)、高橋倉太郎(函館区選出)の三議員であるが、ほかに五議員が賛成者として名を連ねた。その理由を次のように述べている。
建議案第四十九号
  市制実施ニ関スル件
札幌小樽函館ノ三区ニ対シ速カニ市制ヲ実施セラレン事ヲ望ム
  理由
本道ニ於ケル区制ハ明治三十年ノ制定ニ係リ 明治三十二年札幌小樽函館ニ対シ之ヲ施行セラレテヨリ既ニ十余年ヲ閲ミシ 本道ノ事情全然本法制定当時ト異ナリ 特ニ三区ハ共ニ異常ノ速度ヲ以テ発達シ 昨年度末ニ於テ函館区ハ戸数二万千二百余人口九万四千余 小樽区ハ戸数一万六千余人口九万二千五百余 札幌区ハ戸数一万五千余人口九万五千五百余ヲ算スルニ至リ商工業ノ発達文化ノ度ニ至テモ 府県ノ市制施行地ニ比シテ寧ロ優ルモノアリ 現状此ノ如キニ関ハラス依然トシテ十数年前制定セル区制ノ下ニ置クハ 啻ニ時運ノ進歩ニ伴ハサルモノニシテ地方自治ノ趣旨ニ戻ルヤ深大ナリト謂フ可シ 是レ其ノ速カニ市制ヲ布キ三区ノ現在ニ適応スル権限ヲ拡張シ 将来ノ進運ヲ図カラレン事ヲ要望シテ止マサル所以ナリトス
 年 月 日
  内務大臣宛
(同前 第一三回通常会)

 これは建議案調査委員会に付託審議され、「採択スヘカラサルモノト決」した。同委員長出田平馬議員は不採択の理由を「更ニ大ニ慎重ニ討議ヲ要スル事デ、直チニ建議案委員会ニ於テ即決スヘキモノデナイ」と報告し、本会議において全く異議が出ぬまま不採択の決定がなされた。ほとんどの建議案が採択される中で、この事態はむしろ不自然とさえいえようが、詳細な動きはわかっていない。
 提出者の一人であった中谷宇吉議員は第一五回通常道会(大4)の本会議で、道庁は市制施行に取り組むつもりがあるのかどうか、問い質した。
札幌函館小樽ノ三区ハ、明治三十二年ニ区制ヲ実施サレマシテ、其ノ後長足ノ進歩ヲ致シマシテ、今日デハ府県ニ於キマスルトコロノ市ノ実体ト殆ド相同ウシテ居ルノデ、少シモ異ラスト明言シテ憚カラヌノデアリマスガ、其ノ三区ノ中ニ於テ、最早市制ヲ布クベキモノナリト致シマシテ、其ノ区会ノ決議ハ其ノ筋ニ既ニ提出ヲシテアル向モアリ、又或ハ為サムト欲シツヽアル向モアルヤニ聞イテ居ルノデアリマス。曾テ当局者ヨリ、市ト云フモノヽ実体ト区ト云フモノヽ実体トニ於テ、未ダ其ノ懸隔ノ甚ダシキガ如キ御言葉ヲ承ッタコトガアリマシタガ、先ヅ今日三区ノ状態ハ、府県ニ於ケル市ノ中以上ノ処ニ位シテ居ルダラウト斯ウ考ヘマス。故ニ此ノ三区トモウ一ツ強イテ旭川区ニモ同時ニ市制ヲ布イタナラバ、即チ北海道ノ四区ノ地位ヲ高カムル所以デアラウト思フノデアリマス。当局ニ於テ此ノ問題ヲ如何ニ御解釈セラレマスカ、是ニ対シテノ御答弁ヲ拝承シタイノデアリマス。
(同前 第一五回通常会)

 これに対し俵孫一長官は次のように答弁している。
北海道ニ於ケル区制ト府県ニ於ケル市制トノ間ニ於テ、北海道ノ区制ヲ市制ニシタイト云フ希望ガ予テアルコトモ承知シテ居リマスルガ、之ニ就イテ当局ノ考ハドウカト云フコトデアリマスルガ、私ハ其ノ名称ガ区デアラウト市デアラウト、此ノ点ニ於テ重キヲ置カヌ積リデアル。名前ハ区デアッテモ市デアッテモ宜イ。名前ガ市ハ区ヨリモ上ダ、或ハ区ハ市ヨリモ下ダト云フコトハ信ジナイ。名前ハ区制デモ市制デモ構ハナイ。要スルニ実質デアラウト思フ。権限デアラウト思フ。ソレデ名前ガ必ズシモ内地ト同様ニ市制デナケレバナラヌト云フコトハアルマイト思フ。何ダカ区ト云フト市ヨリカ位ガ低イト云フ風ノ御考ガアルカ知ラヌガ、私ハ其ノ点ニ於テハ見解ガ違フ。名前ハ区デモ市デモ宜シイ。帰スルトコロ区ノ自治権限ガ違ッテ居ル。法令ニ依ッテ自治権限ガ生レテ居ル。其ノ法令ガ如何ニ自治ノ権限ヲ与ヘテ居ルカト云フ問題ニ帰スルノデアル。若シ内容実質上ニ於テ権限ガ市ト区ト同様デアルナラバ、敢テ名前ガ市デアッテモ区デアッテモ、名称ニ左程重キヲ置ク必要ハ無カラウト思フノデアル。而シテ市制ト区制トノ権限ハ多少違ッテ居ルコトヲ認メテ居ル。是ハ何故ニ内地ノ市制ノ権限ガ、同様ニ北海道ノ区ニ与ヘラレヌカト云フコトニ付イテハ、私ハ未ダ研究ヲシテ居リマセヌ。是ニ付イテハ充分ニ研究シタ上ニ於テ、更ニ宜シキニ従ヒタイト思ヒマス。
(同前)

 こうした大正初年における道会の自治論議をうかがう限り、道庁において区町村の自治権拡張や市制町村制の施行について検討を加えた様子はうかがえない。もっぱら現制度の実状把握にあたり、その問題点の整理に終始していたのであり、しかもこの作業は内務省の指示によったと言わざるを得ない。札幌区が抱える自治問題も、こうした動きの中で指摘されたのであり、区の積極的活動と評価できるものではなかったといえよう。