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商業組合による組織化

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 昭和七年九月に公布された商業組合法は、農業者の産業組合、中小工業家の工業組合に対応する中小商業者の組織化を目的としたものであった。それまでも、都市中小商業者は業種別の申し合わせによる組合(任意組合)を結成しており、重要物産同業組合法に基づく同業組合も普及・発展していた。商業組合は、従来の組織と異なり、かつ産業組合・工業組合と同様に金融事業を行い、仕入、販売の共同化、価格の統制を事業とすることができ、昭和恐慌克服策として期待された。
 表31は現札幌市域において設立された商業組合である。日中戦争以前につくられたのは七組合にすぎず、昭和恐慌対策としてはあまり役に立たなかったであろうことが推測できる。しかし、戦時期の普及・発展はめざましく、表に示した組合のうち、北海道全域のものを除いた組合員数は三五五五人にものぼり、六〇〇〇~八〇〇〇人といわれる商業者数のかなりの部分を組織化したといえる。
表-31 商業組合
設立組合名(組合員数/有資格者数)
昭 9札幌古銅鉄古容器問屋(17/21,23/23),札幌燃料(39/100,75/75),札幌旅館(43/54,51/51)
 10札幌薬酒売薬(135/200),札幌米穀小売(119/176),札幌米穀卸(11/12),札幌クリーニング(73/73)
 13札幌狸小路商店街(195/195,196/196,205/205),札幌精肉(66/73,65/73)→札幌精肉鶏卵(76/76),北海道毛糸(506/680),北海道鋼材特約店(83/83),札幌酒類食料品雑貨小売(230/300,500/?),札幌織物(41/63),北海道毛皮卸(205/300),北海道綿縫糸(52/92),札幌靴類小売(36/40)
 14札鉄構内(100/105,53/53),札幌菓子(88/105,245/245),札幌自転車小売(99/104),札幌紙文具小間物化粧品小売(275/?),札幌パン(?/?),石狩呉服洋太物小売(65/205),軽川(49/52),札幌村(11/13),琴似(66/71)
 15札幌履物小売(93/93),札幌染物(40/40),札幌陶磁器硝子器小売(37/37),札幌豆腐(83/83),札幌洋服(148/148),札幌荷馬車運輸(734/734),豊平町(89/110)
 16札幌繊維製品(?/240),札幌米穀(146/146),札幌地方古物(80/86),札幌地方肥料小売(27/27),札幌青果,札幌時計貴金属,札幌洗染,札幌金物小売,札幌莫大小卸,札幌地方雑穀,札幌塗料,札幌地方医薬品衛生材料小売
商業組合中央会『商業組合一覧』(昭13.3及び昭14.3月末日現在),商業組合中央会北海道支部『北海道商業組合名簿』(昭17.8.1現在)より作成。

 表のトップに記した札幌古銅鉄古容器問屋商業組合は、「市内の戸毎に『空き物はありませんか』『お払ひ物はありませんか』と訪れる雑品屋さんから、ビールの空瓶鉄屑などを買ひ集める元締」が結成した組合である。彼らは、昭和五年に共同販売を企て札幌真晃会を結成、商業組合法が制定されたのでこれをそのまま商業組合としたのである。十二年度には、組合員一七人、ビール瓶・サイダー瓶など約三八五万本、鉄屑約五九万貫を取扱い、これは金額にして一七万円余にのぼっている。業者から買い集めたこれらの瓶、鉄屑を大日本麦酒、室蘭の日本製鋼所、野田醤油株式会社等に納入している(北タイ 昭13・6・30)。
 札幌米穀小売商業組合札幌米穀卸商業組合は設立までに複雑な経緯がある。十年三月第六七回議会に米穀自治管理法案が提出された。これは、米穀統制組合を設け、米の流通過程を調整するというもので、米穀統制組合には産業組合を充てることとされた。これに対して、米穀卸小売業者は、「米屋殺し」の法案だとして猛然と反対運動を展開し、六七議会では審議未了廃案となった。全国的に、これを契機に米穀商の商業組合設立が盛んになった。札幌においてもまず、大手の米穀卸売業者が、商業組合設立を計画したが、取り残された小売業者が反発し、小売業独自の商業組合設立に向かい、同年五月に小売商業組合、七月に卸商業組合が設立認可された(北海道庁経済部商業課 北海道商業要覧 昭14・3)。その際、道庁が仲裁し、卸商業組合は市内雑貨商で米を販売している者に対し卸すこと、小売商業組合は市内精米機をもつ米専業者のみで設立し、卸商業組合を介さず共同仕入を行うことを協定した(北タイ 昭10・3・3)。小売商業組合の共同仕入は十二年度にはおよそ八万四〇〇〇俵(九八万二〇〇〇円余)にのぼった。小売商業組合の理事長向島清一は、十二年度営業税六八円八〇銭を納める有力な業者であり、「この組合は向島理事長の力で動いてゐる」とまで評されていた(北タイ 昭13・7・1)。なお、卸・小売両組合は、戦時下の十六年九月に合併した(北タイ 昭16・9・26)。
 商業組合は、組合法第一条の規定により業種別組織を基本としたが、商店街が異業種の商業組合をつくるケースもみられた。また、町村部では地区商業組合という異業種組合をつくるケースが多かった。狸小路商店街は、商店街商業組合として十三年三月に設立された。西一丁目から西六丁目までを範囲とし、有資格者一九五人すべてが加入している(北タイ 昭13・3・4)。十五年六月には狸小路商店街商業組合が商品券を発行したが、これは狸小路内であれば一般商店はもちろん映画館、飲食店、理髪店でも使えるという便利な代物で、「横のデパート」の本領を発揮した(北タイ 昭15・6・14)。
 商業組合、工業組合、輸出組合(後に貿易組合)などの中小商工業者による組合の発展は、中小商工業金融の必要性を高めた。十一年十二月には商工組合中央金庫が開業し、札幌では拓銀が商工中金札幌支所の業務を行った。表32、33に札幌支所による貸出状況をまとめた。商業組合は、一組合当り平均二万六〇〇〇円を借り、残高が一万二〇〇〇円あった。金額では商業組合、工業組合が分け合っていたといえる。
表-32 商工組合中央金庫札幌支所の組合貸付 (昭和14年3月31日現在)
種目金額組合数
商業組合工業組合貿易組合
定期貸付192,600円14216
普通割賦貸付171,20112820
特別割賦貸付629,635198128
割引手形9,700112
1,003,1364619166
北海道拓殖銀行『興銀・商中代理業務関係綴』(拓銀蔵)より作成。

表-33 商工組合中央金庫札幌支所の組合貸付
(昭和14年3月31日現在)
商業組合工業組合貿易組合
口数金額口数金額口数金額
申込2781,955,947円2341,937,780円3333,000円
承諾2621,494,0972161,386,1123333,000
貸出2461,202,8092061,119,012266,000
償還174646,596164562,889133,000
現在額72556,21342556,122133,000
北海道拓殖銀行『興銀・商中代理業務関係綴』(拓銀蔵)より作成。

 戦時体制の強化により配給制度が徐々に確立してくると、商業組合は配給統制上の中心機関として位置づけられ、商業組合のない、あるいは加入しない業者は商品が入手できなくなってしまう。琴似、軽川などの地区商業組合はそのような事情から生まれたものであろう。琴似商業組合は、十四年九月に商店主五六人で結成、共同仕入を行った。軽川商業組合も同じ性格であり、表34のような事業を行っていた。インフレの時期とはいえ十六年度には組合員一人当り三万八〇〇円の物資を共同仕入している。
表-34 軽川商業組合の事業
昭15年度16年度
組合員数37人49人
出資口数400口500口
共同仕入高391,139円1,509,614円
貸付高22,58628,262
回収高18,64323,832
貸付金残高3,9424,430
貯金受入高65,600189,734
貯金払戻高49,988164,078
貯金残高15,61225,656
剰余金1,0551,210
保証責任軽川商業組合『事業成績報告書』(昭15年度,16年度)より作成。